1963年東宝。
手元にある文藝春秋編『大アンケートによる日本映画ベスト150』(1989年発行)によると、『天国と地獄』は22位にランクされている。黒沢の作品では、
『七人の侍』(1位)
『生きる』(3位)
『羅生門』(4位)
『用心棒』(17位)
『酔いどれ天使』(18位)
に継いで6番目である。
100位までになんと13本がランクインしているのだから、いかに黒澤作品が日本人に愛されているのかがわかる。ちなみに、同時代に活躍した巨匠達を見てみると、溝口健二7本、木下恵介6本、小津安二郎5本である。
このアンケートの回答者は、文春が選定した映画好きを自認するマスコミ関連の業界人372名であるから、それなりのバイアスはかかっていよう。が、黒澤明こそが日本映画史上最大の監督であり、それを超える者はいまだに(永久に)現れていないという評価が動かし難いところなのであろう。
『天国と地獄』も実際文句のつけようがない。
このレベルの作品を生涯に1本撮っただけでも、その監督の名前は永く映画史に刻まれることだろう。脚本、演出、撮影、演技、どれをとっても標準をはるかに凌駕し、第一級の娯楽作品に仕上がっている。本当に巧い。本当に面白い。
前半の家の中の一室だけでドラマが進行する演劇的な手法は、ヒッチコックの『ロープ』(1948年)を思い出させる。おそらく、あれが黒澤の頭の中にはあっただろう。言葉の応酬と役者の演技、そしてカメラワークだけで緊迫感を生み出していく手腕には舌を巻く。三船敏郎の重厚な骨のある演技には惚れ惚れする。
一転して、捜査陣の推理と犯人の追跡を描いていく後半では、ミステリーの醍醐味を十分に味わうことができる。警部役の仲代達矢もいいが、たたきあげの刑事らしい無骨さと逞しさと愛敬とをふりまく「ボースン刑事」こと石山健二郎が光っている。
トーンの対照的な前半と後半とをつなぐ文字通り「橋」における身代金引き渡しのシーンこそ、日本映画いや世界映画における鉄橋シーンの白眉と言える。鉄橋周辺の空間の広がり、列車の走るスピード感をいっさい殺すことなく、何台ものカメラの使用によって角度を変えつつ切り替わっていくショットの生み出す緊張感は、登場人物(警察側)の心理状態とからんで、絶大な効果をもたらす。息を詰めて観るほかない。
実際、その後の日本のすべての推理・刑事ドラマの原型は、映画・テレビ問わず、この一作にあると言っていいだろう。
瑕瑾の見あたらない作品であるけれど、あえて難を言えば、エンドシーンがちょっと肩すかしな感じがした。
誘拐犯である竹内(山崎努)と、脅迫され身代金を払った権藤(三船)との刑務所での対面シーンにおいて、物語はクライマックスに達する。見ている我々は、何らかの両者の対決あるいは犯人側の真情の吐露を期待する。なぜなら、そこに至るまでのドラマの中で、なぜ竹内が犯行を行ったのかがはっきりとは示されないからである。
もちろん、「貧困=金」が動機ではある。
地獄(スラムまがいの地区にある竹内のアパート)から天国(丘の上の瀟洒な権藤の邸宅)を来る日も来る日も眺め続けていた竹内が、権藤に対して嫉妬し、劣等意識をかき立てられ、やがて憎むようになるのはわからなくもない。金持ちに対する憎悪や貧富の差を生む社会に対する憤りが、いかにも金持ち然とした権藤に集約されることも不自然ではない。
しかし、竹内も病院で働くインターンであるからには医者の卵、エリートである。いまは安い給料でこき使われているかもしれないが、末はドクター、前途有望である。しかも、どこかの院長の娘あたりをたらし込むことだってできそうなほどハンサムだ。
そうした輝かしい将来を棒に振って、失敗するリスクの大きい誘拐脅迫のみならず、死刑になりかねない殺人にまで手を染める必要がなぜあるのか?
竹内には、語られていない悲惨な過去、強烈な何らかのコンプレックスがあるに違いない。左手の深い傷はそれを暗示しているに違いない。それが最後には何らかの形で明らかにされることを期待していたのである。
が、結局、竹内は刑執行を前にして自ら面会を希望したにもかかわらず、権藤を前に虚勢を張り続ける。内面は見せない。来たるべきものに怯え、身を震わせ、最後には絶叫して看守に連れ去られていく。また、警察署内の会議の席でも、竹内の生い立ちとか家族関係とかが語られるくだりはない。
一体、竹内とはどういう人物だったのだろう?
山崎努は、どういう解釈を持って竹内を演じたのだろう?
同じ推理ドラマの傑作『砂の器』(1974年松竹、上記アンケートでは13位)と比較したとき、犯人の動機についての描写の浅さは歴然である。
もっとも、黒澤が撮りたかったのは、純粋に推理&サスペンス娯楽作品だったのであり、山崎努(=竹内)に求められていたのは普通に「悪」役なのだ、と言われればそれまでだが・・・。
それとも、リアルタイム(63年)でこの映画を観た世代は、あえて説明してもらう必要もないほどに、竹内の置かれている状況の悲惨さ、己のキャリアや将来を棒にふってまで金持ちを憎み犯罪行動に走らざるを得ない苦悩に対する、暗黙の共通理解のようなものを持っていたのであろうか。
今は「天国」の側にいる権藤の前歴が靴職人であったことが何らかの暗示になっていると読むのは、いささか考え過ぎか?
評価: A-
参考:
A+ ・・・・・ めったにない傑作。映画好きで良かった。
「東京物語」 「2001年宇宙の旅」
A- ・・・・・ 傑作。劇場で見たい。映画好きなら絶対見ておくべき。
「風と共に去りぬ」 「未来世紀ブラジル」 「シャイニング」 「未知との遭遇」 「父、帰る」 「フィールド・オブ・ドリームス」 「ベニスに死す」 「ザ・セル」 「スティング」 「フライング・ハイ」 「嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」 「フィアレス」 ヒッチコックの作品たち
B+ ・・・・・ 良かった~。面白かった~。人に勧めたい。
「アザーズ」 「ポルターガイスト」 「コンタクト」 「ギャラクシークエスト」 「白いカラス」 「アメリカン・ビューティー」 「オープン・ユア・アイズ」
B- ・・・・・ 純粋に楽しめる。悪くは無い。
「グラディエーター」 「ハムナプトラ」 「マトリックス」 「アウトブレイク」 「タイタニック」 「アイデンティティ」 「CUBU」 「ボーイズ・ドント・クライ」 チャップリンの作品たち
C+ ・・・・・ 退屈しのぎにちょうどよい。(間違って再度借りなきゃ良いが・・・)
「アルマゲドン」 「ニューシネマパラダイス」 「アナコンダ」
C- ・・・・・ もうちょっとなんとかすれば良いのになあ~。不満が残る。
「お葬式」 「プラトーン」
D+ ・・・・・ 駄作。ゴミ。見なきゃ良かった。
「レオン」 「パッション」 「マディソン郡の橋」 「サイン」
D- ・・・・・ 見たのは一生の不覚。金返せ~!!
上野千鶴子のヒット本にあやかった二匹目のドジョウならぬ三匹目、四匹目のドジョウではあるが、中味はいたって真面目で、つぼを押さえており、個性的。文章も読みやすく、介護に関する様々な情報が得られる点でも有益である。さすが『サンデー毎日』の記者。
アンドリュー・ロイド・ウェバーの傑作ミュージカル『オペラ座の怪人』の25周年記念公演が、昨年10月にロンドンで行われた。そのときの記録映像を吉祥寺バウスシアターでスクリーン上映するというので、風邪をおして出かけた。
アメリカの著名ジャーナリストであるビル・モイヤーズが、神話学の大家ジョーゼフ・キャンベルに、神話をめぐる様々なテーマについてインタビューする。裏表紙の解説に「驚異と感動の名著」とあるが、まさにその通り。人生でぜひとも読んでおきたい本の一冊と言っていい。しかも、読みやすく、面白い
男も女も年を取ったら同じ。肉体も頭脳も衰えるし、社会的な役割も失っていく。孤独も死の不安も同様にある。ようやっと、訪れた男女平等。
2005年韓国映画。
2012年最初に読んだ本。
1941年松竹映画。
●12月23日(金)晴れ
山頂からの景色は評判通り。
やっと道を見つけて、築坂峠を経て、鎧岩に。
大月市に向かい西から南へ、垂直に切り立ったL字型の凄絶な岩壁。
子供(稚児)は来ないで(落し)。