ソルティはかた、かく語りき

東京近郊に住まうオス猫である。 半世紀以上生き延びて、もはやバケ猫化しているとの噂あり。 本を読んで、映画を観て、音楽を聴いて、芝居や落語に興じ、 旅に出て、山に登って、仏教を学んで瞑想して、デモに行って、 無いアタマでものを考えて・・・・ そんな平凡な日常の記録である。

● 三尺三寸の箸 映画:『プラットフォーム』(ガルデル・ガステル=ウルティア監督)

2019年スペイン
94分

 原題はEl hoyo『穴』
 不条理シチュエーションスリラー。
 
 上にも下にもどこまでも続くコンクリート造りの部屋の階層。
 各部屋にあるのは、壁の両側に据えられた2つのベッドと共用の洗面台とトイレ。
 2人用の牢獄である。
 部屋の真ん中には大きな四角い穴が開いて、見上げればはるか高みに、見下ろせば奈落の底に、焦点は消える。
 一日一回、その穴を上から下へとエレベーターのごとく降りてくるのは、食糧を載せたプラットフォーム。
 生きるためには、上階の住人が食べ残したものを食べるよりない。
 ゆえに、下の階に行けば行くほど残飯は少なくなり、途中階でプラットフォームは空の容器だけになる。
 そこから下の住人は水だけ飲んで生きるしかない。あるいは・・・・
 各部屋の滞在期間は一ヶ月。
 一ヶ月どうにか生き延びれば、運が良ければ上階に移って、より多くの食べ物にありつけることができる。
 運が悪ければさらに下層階に・・・・。
 
 ――という過酷なシチュエーションに置かれた人間たちが、どのような状況に陥り、どのような行動をするか、を描いたスリラーである。

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 観ていて想起したのは、仏教説話の『三尺三寸箸』。
 聞いたことのある人も多いだろう。
 
 ある男が地獄を見学した。
 ご馳走の載っているテーブルの周りに、三尺三寸(約1メートル)の箸を持った罪人たちがいる。みなガリガリに痩せ細っている。
 彼らは我先にとテーブルの上の食べ物を取るのだが、箸が長いため自分の口に運ぶことができない。
 しまいには、怒りと絶望にかられて醜い争いが始まる。
 
 次に行ったのは極楽。
 ご馳走の載っているテーブルの周りに、三尺三寸(約1メートル)の箸を持った善人たちがいる。みな健康で幸せそうだ。
 彼らは自分の箸で取った食べ物を、向かいの人間の口に運んでいる。
 全員が満ち足りている。 

 地獄と極楽の違いは環境ではない。そこにいる人間の心ばえ次第という教訓。

 様々な国籍・人種が入獄しているこのタワーで、三尺三寸箸の寓話は成り立つのか?
 現実の格差社会を暗喩――というより、文化や倫理というきれいごとを排し、生存競争下に置かれた本能むき出しの人間を描いたグロテスクなリアリズムである。

 ところで、ネットを見ていたら、三尺三寸の箸を実際に作製して、説話の虚実を確かめた人の記事があった。
 この長さの箸だと、自分の口に運べないことが立証されている。
 この人が実験を始めたそもそものきっかけが面白い。
 中学生の時に『三尺三寸箸』を聞いたときに、「なぜ、地獄にいる人たちは長い箸を短く持たないんだろう?」と思ったからだそうだ。
 もちろん、箸の先の方を持てば簡単に自力で食べることができる。
 ソルティもこの話を聞いたときにまったく同じ疑問を抱いた。
 が、「きっと、箸と手がくっついていて、持つ場所を変えられないのだろう」と理屈づけていた。
 さすがに、実験しようとは思わなかったな。





おすすめ度 :★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損







● 浦和にゃ8つの駅がある :目白フィルハーモニー管弦楽団 第4回定期演奏会

  
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日時 2022年10月16日(日)13:30~
会場 埼玉会館大ホール(さいたま市)
指揮 小林雄太
曲目
  • ジョン・ウィリアムズ:『ジュラシック・パークからメインテーマ』
  • 芥川也寸志:交響管弦楽のための音楽
  • セルゲイ・ラフマニノフ:交響曲第2番

 90年代に『ボキャブラ天国』(フジテレビ系列)というバラエティ番組があった。
 ソルティが観ていたのは、司会がタモリ、サブがヒロミで、小島奈津子アナがアシスタントをつとめた最初の頃だけだった。
 視聴者投稿のダジャレ作品(格言・物や人の名前・歌詞などのダジャレや替え歌)を番組スタッフがタレントなどを使ってVTR化したものを、スタジオ出演者らが品評して賞を与えるスタイルであった。
 今思えばほんとに下手なダジャレばかりで、「いったいどこが面白かったんだろう?」と不思議な気がする。時代のムードってやつだろう。
 が、その中でソルティがいまだに忘れられない傑作がある。
 山本リンダのヒット曲『狙い撃ち』を替え歌にしたもので、だいたい次のような歌詞だった。

 ひがしうらわ にしうらわ みなみうらわ きたうらわ
 むさしうらわ なかうらわ
 うらわにゃ7つの駅がある。

 リンダ(本人だったか確かでない)の歌うアップテンポな調べに乗って、次々と実際の駅名表示が画面に現れる。
 埼玉県民であるソルティ、これには爆笑した。

 今回、数十年ぶりにJR浦和駅で降りたところ、構内にこんなオブジェを見かけた。

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 「うらわ」駅は8つに増えていた!
 浦和美園駅は埼玉高速鉄道の終点で、埼玉県さいたま市緑区美園にある。
 2001年に開業したそうだが、ソルティはまったく知らなかった。
 別名「埼玉スタジアム線」というように、浦和美園から徒歩15分のところにあるサッカー競技場が沿線一番の呼び水。
 サッカーに興味ない人間の脳内鉄道路線図には載っていなかった。
 確かに、浦和と言えば浦和レッズ。
 サッカーの街なのであった。

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浦和駅構内にあるサッカーストリート

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浦和レッズのお店

 埼玉会館は浦和駅西口から徒歩5分。
 思ったよりゴージャスなホールであった。
 約1300名収容の大ホールに500名ほどの来場は立派。
 入場無料に加え、バラエティ富んだ曲目も良かったのだろう。

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JR浦和駅西口

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埼玉会館

 目白フィルハーモニー管弦楽団は2018年3月結成の若いアマオケ。
 見たところ20~30代が多い。
 自然、オケの音も迫力と鮮度あふれるエネルギーに満ちたものであった。
 恐竜映画のサントラはもってこいだ。
 『ジュラシック・パーク』を再度観たくなった。
 
 2曲目の芥川也寸志(龍之介の三男)の管弦楽曲ははじめて聴いた。
 どことなくアラビアンナイト風。
 リズミカルで、神秘的で、媚態風なところもあり、情熱的なところもあり、ラストに向かってどんどん高まっていく興奮刺激性もある。
 この曲、オスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』の「七つのヴェールの踊り」の伴奏にピッタリではないか。
 一枚一枚薄いヴェールを脱ぎながら、鳩のような白い足で踊るサロメ王女を想像した。
 指揮者の小林雄太は表情のつけ方が上手い。

 ラフマニノフを聴いていると、「やはりロシアは偉大だ」「やはりロシア人は熱い」と思わざるを得ない。
 プーチンのせいで世界の敵みたいに思われているロシアであるが、トルストイやドストエフスキー、チャイコフスキーやショスタコーヴィチ、エイゼンシュテインやタルコフスキーといった偉大な芸術家を生んだロシアはやっぱり偉大な国である。
 これらの作品によって浮かび上がるロシアの民は、一見、取っつきにくそうに見える態度のうちに熱いハートを持ち、人の世の苦しみや悲しみをよく知る哲学者。
 決して悪い人たちではない。 
 独裁を許してしまったのが間違いなのだ。
  
 若いオケならではのパワーと若干の稚拙さを、あふれる情熱と未完の夢というテーマに変貌させた指揮者の手腕が光った。
 第3楽章、第4楽章では泣かされた。
 拍手喝采。






● お神輿、わっしょい! 本:『徹底検証 日本の右傾化』(塚田穂高編著)

2017年筑摩書房

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 ここ数十年の日本の右傾化の実態について、「社会」「政治と市民」「国家と教育」「家族と女性」「言論と報道」「宗教」の6分野で起きている現象や変化を通して多角的に検証する試み。
 編者の塚田含め、それぞれの分野に詳しい21名の書き手が寄稿している。
 その中には統一教会報道で今年もっともブレイクした男、ジャーナリストの鈴木エイトもいる。
 安倍元首相殺害事件が起こる2年以上前から、鈴木エイトが旧・統一教会と自民党との癒着を指摘し、警鐘を鳴らしてきたことがここに証明されている。

 そう、本書の発行は新型コロナウイルス発生以前の2017年。
 第2次安倍内閣が発足(2012年12月)し、2020東京五輪が決定し(2013年9月)、国政選挙で連戦連勝を続ける自民党が勢いに乗って、特定秘密保護法(2013年12月)・集団的自衛権行使容認(2014年7月)・安保関連法(2015年9月)を成立させ、平成天皇が退位表明され(2016年8月)、アメリカ大統領選で共和党のドナルド・トランプが勝利し(2016年11月)、それまで水面下に亀のごとく潜んでいた日本会議が表舞台に浮上し、憲法改正に向けての右傾化が加速度的に進んでいた時である。
 その勢いは国内のコロナ感染爆発により一時停滞したものの、今年7月10日の参院選での与党の圧倒的勝利で、もはや誰にも止められないものとなった。
 憲法改正は時間の問題と思われた。
 
暗殺者
 
 思うに、日本の右傾化が活性化した出発点は1989年にある。
 この年、3つの大きなことが起きた。
  1.  昭和天皇の崩御
  2.  ベルリンの壁崩壊と中国天安門事件
  3.  バブル崩壊の始まり
 1.は昭和の終わりであると同時に、戦後の終わりである。
 大日本帝国の元首であり戦争責任を問われ続けた昭和天皇は、戦後は絶対的な平和主義者・日本国憲法護持者となった。
 昭和天皇の目の黒いうちは、どれほど愛国心の強い保守政治家であっても、簡単に「改憲」という言葉を口にすることはできなかった。
 その重しがはずれたのである。

 2.は社会主義・共産主義の終わりの始まりである。
 ベルリンの壁崩壊から始まって1991年のソ連解体で明らかになった社会主義の敗北、天安門事件で世界中に晒された共産主義国家の横暴によって、国内の左派が勢いを失ったのである。

 3.は日本経済の衰退と成長神話の終焉である。
 本書で紹介されているジョン・ネイスン(アメリカ生まれの日本研究家)の言葉が的を射ている。

 日本経済が繁栄していたときは、アイデンティティは問題とならなかった。人びとの仕事は保障され、懸命に働けば裕福になれた・・・・。高成長する経済が崩壊した1990年以降、不況が深まるにつれ、自信とプライド、そして目標の感覚さえもが徐々に失われていった。残されたのは不安に満ちた空虚さであった。それは、己が何者であるかを感じ取りたいという欲求を再び生み出した。日本の新しいナショナリズムは、この欲求とそれに対する応答の表れなのである。
(ジョン・ネイスン著、Japan Unboundより)

 本書第Ⅱ部「政治と市民」における政治学者の分析結果として、「たしかに自民党は思想・理念的に右傾化しているが、一般国民(有権者)には必ずしもその傾向が見られない」という一節がある。
 おそらく、多くの国民が求めているのは「バブルの夢よ、もう一度!」であって、自信とアイデンティティ回復の願いが、アベノミクス及び「強い日本」を掲げる安倍推しにつながったのだろう。
 もちろん、その背景には自民党に代わって政権を任せられるような政党がない、対立軸となる政党を育ててこなかった、という日本政治の哀しくも貧しい現実がある。

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Felix-Mittermeier.deによるPixabayからの画像


 ソルティは日本の右傾化、少なくとも今の自民党主導による右傾化には危機感しか持てない。
 その一番の理由は、「右傾化⇒戦前回帰⇒大日本帝国の復活」を目しているとしか思えないからだ。
 何よりの証拠が2012年自民党提出の「日本国憲法改正草案」である。
 ここで百歩譲って、憲法9条を改正して自衛隊を正式に日本の国防軍とし「専守防衛の個別的自衛権」発動を明文化するだけなら、まだ分からなくもない。
 が、なぜそれと一緒に、
  • 天皇を元首としなければならないのか(自民党草案1条、以下同)
  • 国家・国旗に対する尊重を強いられなければならないのか(3条2項)
  • 生命、自由及び幸福追求の権利の制約事由が、「公共の福祉に反しない限り」から「公益及び公の秩序に反しない限り」に変えられなければならないのか(13条)
  • 「公益及び公の秩序」を害する(と国が見なした)表現の自由が制限されなければならないのか(21条2項)
  • 国家による教育環境の整備が謳われなければならないのか(26条3項)
  • 憲法を尊重する義務が、「国家」でなく「国民」に対して、課せられなければならないのか(102条1項)
 はたまた、
  • 「家族は互いに助け合わなければならない」がわざわざ追加されなければならないのか(24条1項)
  • 婚姻の成立は「両性の合意のみに基づく」から「のみ」の2字が消されなければならないのか(24条2項)
 加えて、
  • なぜ選択的夫婦別姓ではいけないのか
  • なぜ同性婚を権利として認めてはいけないのか
 国の安全保障を高めることと、国民の人権を守ること――この二つがなぜ両立してはいけないのだろう?
 表現の自由と個人の尊厳が保障される民主主義を守るために我々は国防する、というカッコいいスタンスだってあり得るだろうに。
 北欧諸国のようにリベラルと国防が両立している国だってあるだろうに。
 自民党の改正草案は、戦前の「家制度」を復活させ、体制に抵抗する者の口を塞ぐ全体主義国家へのプロトコルとしか思えない。
  
 本書には、自民党のバックにいて既得権益の維持・拡大を狙う様々なステークホルダーの名前が上がっている。
 皇室の尊厳と国家神道復権を夢見る神社本庁、政教一致を実現するために与党で居続けたい公明党=創価学会、ずばり大日本帝国の復活を目指す日本会議、日本人信者獲得による献金アップを狙う反日・反共の旧・統一教会=勝共連合、保守勢力のおこぼれに預かろうとする反韓の在特会、2009年の政党結成以来急激に保守化する幸福の科学=幸福実現党
 それぞれ最終目的を異にする複数の団体が、八方美人の先導役の口車に乗せられて、同じ一つの神輿をかついで右の道を行く絵が浮かぶ。
 担ぎ手たちは、それぞれが神輿に乗っている主の姿を思い思いに描いている。
 あるは天皇陛下、あるは池田大作、あるはマザームーン、あるは大川隆法、あるは福沢諭吉や樋口一葉。
 少なくとも、令和天皇自身にとっては迷惑このうえないことだろう。

 先導役を失ったこの神輿はいったいどこに行くのやら?
 日本人はまだ、性懲りもなく、この神輿についていくつもりなのか?


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おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
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★★    いい退屈しのぎになった
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● しばし現実逃避を BBCドラマ:『分別と多感』(ジョン・アレクサンダー監督)

2008年BBC(英国放送協会)放映
50分×3話
原作 ジェイン・オースティン

 たまに我が身に襲い来るロスト・セレブ・コンプレックス(英国上流階級懐古趣味)。
 今回は『高慢と偏見』に並ぶジェイン・オースティンの名作『分別と多感(Sense and Sensibility)』TVドラマ版DVDを手に取った。
 映画版はアン・リー監督『いつか晴れた日に』(1995)を観ている。

 緑なす広大な領地に聳え立つ豪壮なカントリーハウス。
 壮麗で贅沢にして品ある調度の数々。
 馬駆ける貴公子と二頭立て馬車に揺られる貴婦人。
 男らしさ、女らしさを際立てるファッショナブルで機能軽視の衣装。
 華やかにして陰謀めぐる舞踏会。
 マナーとジェンダーの規範の中で揺れ動く男と女の心模様。

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 のっけから19世紀初期の英国セレブの世界に引きこまれ、寝不足になるも顧みず、3話立て続けに観てしまった。
 BBCドラマの素晴らしいところは、本物志向あふれる丁寧なつくり。
 そして、原作を尊重しつつも現代的な視点を取り入れて、新鮮さを感じさせるところ。
 たとえば、現代先進国のジェンダー感覚あるいはフェミニズム視点からすれば、不平等で抑圧的な社会制度や風習や性役割に満ちている物語において、女性登場人物たちに原作にはないこんなセリフを言わせている。
 「今度生まれてくる時は男がいいな。女はいつも座って待っているだけなんだもの」
 「女は男のおもちゃでしかないのかしら」 等々
 古き良き時代をただ懐かしむだけでなく、そこに潜む矛盾や不合理にも照明を当て批評精神を忘れないアンドリュー・デイヴィスの脚本が素晴らしい。

 配役もピッタシ決まっている。
 「分別」を象徴する姉エリノア・ダッシュウッドを演じるハティ・モラハンの凛とした美しさ。
 「多感」を象徴する妹マリアンヌ・ダッシュウッドを演じるチャリティー・ウェイクフィールドの情熱的な輝き。
 本邦の役者で言えば、ちょうど是枝裕和監督『海街diary』における綾瀬はるかと長澤まさみの感じ。

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チャリティ・ウェイクフィールドとハティ・モラハン 
 
 紆余曲折の後、最後は姉妹と結ばれる恋男たちも揃ってカッコイイ。
 エリノアと結ばれるエドワード・フェラース役のダン・スティーヴンスは、どこかで見た顔と思ったら、『ダウントン・アビー』で早逝する弁護士マシュー・クローリーではないか。
 本作への出演と人気急上昇が、『ダウントン』抜擢のきっかけになったのかもしれない。
 まったく、少女漫画の理想男子のような超イケメンぶり。

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ダン・スティーヴンス 
  
 一方、マリアンヌと結ばれるブランドン大佐役のデビッド・モリシーは、寡黙で気骨ある軍人タイプの男に扮して、高倉健のような渋さ。
 マールボロ・ハットがよく似合っている。
 その上、たいへんな資産家と来た日には、18歳の年の差なんて「へ」でもなかろう。

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デビッド・モリシー 
 
 豪邸+イケメン+シンデレラストーリー。
 この黄金ルールは、フェミニズム意識の高い現代英国女性たちの琴線すら、じゃんじゃん掻き鳴らして止まないのだろう。
 ソルティの琴線も鳴った。

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英国デボン州の海岸風景も興趣深い
 
 ロスト・セレブ・コンプレックスの一番の効用は、現実逃避にある。
 核使用目前のロシア×ウクライナ情勢、ミャンマー内乱、北朝鮮のミサイル発射、イランの保守勢力バックラッシュ、気候変動とあいつぐ自然災害、劣化する一方の日本の政治と経済と民主主義。
 国内外のあまりの出鱈目ぶりは、まともに向き合うと鬱になるか狂気に陥りそう。
 意識的に現実逃避して、精神バランスを保つ必要がある。
 逃避しっぱなしもマズいけれど・・・。






おすすめ度 :★★★★

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● 神保町でタロットカードを買う

 美智子上皇妃が皇后でおられた時、「今一番何がしたいですか?」と記者に問われ、「神保町に行って、ゆっくり古本探しをしたい」といったようなことを口にされた。
 「ああ、そんな簡単なこともできないんだなあ」と、庶民であることの幸福を感じたものである。
 これが同じ有名人でも芸能人ならば、ちょっと変装して(あるいは化粧を落として)一人で出歩くこともできよう。都会なら目立つこともないし、今はマスク姿が主流である。
 皇室の人が外出する時は必ずお車と警備がつくので、人目や時間や警備の労を気にせず、独りを楽しむことができない。
 居場所が分からなくなったら、それこそ『ローマの休日』のごと、宮内庁は上を下への大騒ぎであろう。
 
 誰にも行先を告げずに一人旅や山登りをする醍醐味の一つは、「今この時、家族や友人も含めて世界中の誰も自分の居場所を知らない」という脱俗気分を味わえることである。(携帯電話をOFFにする必要があるが)
 常に周囲に保護=監視されている生活は、いくら衣食住と安全が保障されようが、ソルティには耐え難い。
 
雲辺寺付近の峰峰
四国遍路第66番札所・雲辺寺近く
 
 美智子上皇妃が神田古書店街に行かれたのは、おそらく聖心女子大学に通っておられた独身時代の1950年代だろう。
 その頃の神保町はどんなふうだったのだろう?
 ソルティがはじめて足を踏み入れたのはやはり大学生だった80年代。
 新刊書店と古書店が、表通りや裏通りや仲通りに隙間なくならぶ光景に圧倒された。
 中古レコード店やビデオショップ、古風な喫茶店やエロ本屋などもあって、散策は楽しかった。
 爾来、時たま訪れて、銀ブラならぬ神(じん)ブラをして暇つぶしするようになったが、2000年代に入ってからは出版不況のあおりか、地価代高騰のためか、はたまた後継者の不在のためか、書店数が減っている印象があった。
 本屋だったところがたいがい飲食店になって、訪れるたびに街並みが変貌していた。
 「時代の流れには逆らえないよな」といささか残念に思っていたが、ネットで調べてみたら、地区の書店の店舗数は150~200くらいで昔と大きく変わってはいないらしい。
 減ったのは主に新刊書店で、古書店は50年以上の歴史を持つ老舗に加え、ブックカフェ形式のお洒落な古本屋が増えている。
 新陳代謝しているようだ。

 久しぶりに神ブラに出かけ、またしても街並みの変貌を目にした。
 大きいところでは、神保町交差点にあった“意識高いマダム系”映画館・岩波ホールが無くなった。
 三省堂書店の本社ビルは建替えのため、仮店舗で営業中。
 たしかにブックカフェがあちこちにあって、中を覗いてみると、荒俣宏のようなむさ苦しい本の虫といった親爺連中ではなくて、知的でお洒落な今風の若者たちがコーヒーカップを手に読書を楽しんでいた。

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建替え中の三省堂書店(靖国通り)

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 精神世界の本が充実していることで知られる書泉グランデに行った。
 4階フロアの一番目立つところにあるのは、なんとタロットカードコーナー。
 いま若い女性を中心にカード占いの大ブームなのであった。
 ソルティは浅草橋にできたタロットカード美術館に行きながらも、そのことを知らなかった。

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書泉グランデ4階のタロットカード売り場

 ただ、昨今のカード占いのメインは、伝統的なタロットカードよりも広く多様な領域をカーバーするオラクルカード。

「オラクル(oracle)=神託、大きな存在の言葉」を受け取るためのカード。占術としては、偶然性からメッセージをうけとる「卜術(ぼくじゅつ)」のひとつに位置づけられる。通常、40~50枚のカードとガイドブックで構成され、日本では2000年くらいから広く出版されるようになった。現在では、日本には数百種類のカードが出版されているといわれている。そのルーツは、聖書を使って占う書物占い(ビブリオマンシー)を現代風にしたものともいわれている。

占いカードを代表するタロットカードは、通常、大アルカナ(Major Arcana)22枚と小アルカナ(Minor Arcana)56枚で構成され、それぞれのカードとして描かれるモチーフも決まりがある。一方、オラクルカードには枚数や描かれるモチーフの決まりがなく、それぞれのカードの著者の世界観によるところが大きい。ここが、オラクルカードの大きな特徴ともいえる。
(ウィキペディア『オラクルカード』より抜粋)

 要は、カードの著者が「あたかも神託を受けたように」自分で絵柄を決めて、「あたかも神託を受けたように」一枚一枚のカードの意味なりメッセージなりを決めて、占いグッズとして売り出しているわけだ。
 数世紀の歴史を持つ伝統的なタロットカード派にしてみれば、スピリチュアル&ファンタジー志向を持つ若い女性をターゲットにした“イカ×マ”商売に見えるかもしれない。
 が、鏡リュウジ先生の著書『タロットの秘密』によれば、タロットカードもまた、もともと14世紀頃のイタリア貴族たちのカードゲームに過ぎなかったものが、印刷術の登場で庶民にも広がり、18世紀後半になってオカルトブームの興隆とともに秘教色を伴った占いグッズに変貌したという。
 つまり、どっちもどっち、トランプ占いと変わらない。

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 そうとは知っていても、タロットカードの絵柄は魅力的である。
 とくに、もっとも世界中で使われているウェイト=スミス版は、英国の秘教研究家アーサー・エドワード・ウェイトの指示のもと、1909年に画家のパメラ・コールドマン・スミスが描いたもので、神秘的かつ寓意的かつ芸術的なその絵柄は、深く人の心をとらえる暗示力を持っている。
 パメラ・スミスは画家としてもっと高い評価――少なくともオーブリー・ビアズリーや天野喜孝レベルの――を得てもいいと思うし、他にどんな作品を描いていたか知りたい。

 ちなみに、ソルティにとってタロットカードと言えば、少年時代に読んだ古賀新一の漫画『エコエコアザラク』の黒井ミサに極まる。
 怖かったなあ~。
 面白かったなあ~。

 というわけで、書泉グランデでウェイト=スミス版を1デッキ(セットではなくデッキと言うのが英語的に正しいそうだ)購入してしまった。

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大アルカナ22枚
小アルカナ56枚と合わせて78枚揃っている
アルミケースに入って1500円だった


 これからアヤシイ占い師を目指して、霊感を鍛えスピリチュアルトークの修行をして、老後の副収入にしようかな。
 年金はあてにならないし、そもそも額が少ないし。
 神保町にアヤシイ店を開くのも面白いかもしれない。




 

● 本:『令嬢探偵ミス・フィッシャー 華麗なる最初の事件』(ケリー・グリーンウッド著)

 1989年原著刊行
2020年(株)ハーパーコリンズ・ジャパン
高里ひろ・訳

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表紙イラスト:石川のぞみ

 著者はオーストラリア出身の作家兼弁護士。
 原題は Cocaine Blues 「コカインブルース」

 オーストラリアでベストセラーになり、テレビドラマ化、映画化(2020年)、現在まで20冊を超えるシリーズとなっている人気ミステリーの第一作。
 本邦では今のところ続巻は刊行されていないようだ。

 『高慢と偏見』、『ダウントン・アビー』など昔の上流階級を描いた小説やドラマが好きなソルティも、これ一作でいいかなと思った。
 若く美しく裕福な男爵令嬢にして大胆不敵な主人公ミス・フィッシャーのキャラクターはたしかに魅力的だが、残念ながらミステリーとしての出来がよくない。
 豪華な邸宅や美しい衣装やアクセサリーを楽しむなら、テレビドラマのほうが「バえる」だろう。

 気軽にサクッと読めるので、駅のキオスクに置くには向いている。
 ――って、キオスクはいまも文庫本を扱っているのだろうか? 時刻表はすでになかったが。




おすすめ度 :★★

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● 500年の白紙 本:『蒙古襲来』(新井孝重著)

2007年吉川弘文館

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 この本を読んでいるときに、「北朝鮮のミサイル、日本上空を通過」のニュースがあった。
 元寇時の鎌倉幕府の対応や庶民の様子と、令和日本の政府の対応や国民の様子とを、自然くらべながら読むことになった。
 もちろん、令和の今のほうが冷静で落ち着いているが、逆に言えば、「危機感が足りない」という向きもあろう。

 本書を手にしたのは、自分なりに国防について考えてみようなどと大それたことを思ったからである。
 そのための出発点としてまず思いついたのが、元寇であった。
 というのも、長い日本の歴史の中で、他国から先制攻撃を受けた唯一のケースと言えるのが元寇だからである。
 このことがまず奇跡的。
 むろん、先史時代には南方騎馬民族による原住民蹂躙と王朝支配があったやもしれない。
 また、太平洋戦争時にはアメリカによる本土攻撃と戦後GHQによる占領があった。
 しかし、大和朝廷が樹立して以降、つまりは天皇制が始まって以降は、他国(多民族)によって道理もなく一方的に攻撃され占領された経験がないのは確かである。
 その意味で、日本は幸運な国だ。

 その最も大きな理由は、四方を海に囲まれた極東という地の利にあろう。
 長いこと日本は、東や南から来る者については心配するに及ばなかった。
 北(蝦夷)と西(中国大陸や朝鮮半島)から来る者だけに心を砕いていればよかった。
 特に、常に日本より高い文明や強い武力を持ち続けた中国との関係は重要であった。
 それゆえ、古代から大和朝廷の王たちは中国に朝貢してきたわけだし、聖徳太子は小野妹子を遣隋使として送り、吉備真備や阿倍仲麻呂、最澄や空海は遣唐使船に乗ったわけである。
 つまりは外交政策である。
 おかげで日本は、中国や朝鮮から一方的に攻められることはなかった。(豊臣秀吉のように朝鮮を一方的に攻めることはあっても)
 では、なぜ元すなわち蒙古はそのバランスを崩して、日本を襲ったのだろうか?

クビライ・ハーン
モンゴル第5皇帝、元朝初代皇帝クビライ・カアン


 本書を読んで、ソルティが元寇について持っていた知識――高校時代に歴史の授業で習い、うろ覚えしていたもの――にいくつか訂正を迫られることになった。

 一つは、蒙古はいきなり通告もなしに攻めてきたわけではなかった。
 皇帝であるクビライ・カアンは、再三にわたり日本に勅使を送り、まず国交を求めてきた。
 ところが、北条時宗を執権とする鎌倉幕府も京都の朝廷もこの要望を繰り返し無下にし、あまつさえ、勅使を殺してしまったのである。
 いつまで待っても返事は来ない、送った使いは殺される。
 クビライ・カアンが切れるのも無理はない。日本が自分をわざと怒らせて、戦にもちかけようとしている、と思うのが自然であろう。
 むろん、幕府も朝廷もみずからの権力を保つことで手一杯、他国と一戦交える気なぞ毛頭なかった。
 なんという悪手を打ったことか!
 
 もう一つは、元寇と言えば神風であるが、神風は2度は吹かなかった。
 台風によって強大な蒙古軍が壊滅状態に追いやられたのは2回目の弘安の役(1281年)の時であって、1回目の文永の役(1274年)の時は圧倒的な軍事力の差を見せつけたあと、蒙古軍はみずから日本を去ったのである。
 つまり、「蒙古軍はこんなに強いぞ!」ということを幕府や朝廷に誇示し脅かすことで、「態度を改めよ」と警告したわけだ。
 ところが、どういうわけか、幕府はその後改めてクビライが送ってきた勅使もまた殺してしまう。
 怒り心頭に発したクビライは、1回目を上回る大量の軍勢を用意し、今度は日本侵略をも視野に入れて再征したのであった。
 どうも元寇の要因の一つは、鎌倉幕府や朝廷の外交政策の失態にあったようだ。
 
 で、なぜこんなお粗末な外交政策しか取れなかったのかを考えたときに、「ああ、そうか!」と思わず膝を叩いたことがある。
 894年に菅原道真の提言により遣唐使が廃止されてからというもの、日本は中国や朝鮮との民間レベルでの貿易はあっても、国と国との正式な外交は持たなかったのである。
 中国との日明貿易、朝鮮との日朝貿易が、国同士の正式な交渉によって開始されたのは、室町幕府3代将軍足利義満のときであり、およそ1400年頃である。
 すなわち、約500年間、日本は外交を持たなかった。
 江戸幕府200年の鎖国政策もビックリの唯我独尊!
 
 執権北条時宗の時でさえ、すでに400年近く外交から離れている。
 しかも、草深い東国の武士たちの集まりである鎌倉幕府に外交の何たるかが分かるべくもない。
 本書には、クビライ・カアンからの国書を目にしたときの幕府と朝廷のパニックぶりが書かれているが、実際「寝耳に水」であったろう。
 江戸末期に浦賀に黒船がやって来た時の幕府や庶民の慌てふためきぶりと見事に重なる。
 
 廷臣が国書の文面に「和睦」を理解しながら、いっぽうでは国書の到来そのものに「異国の賊徒」襲来を感じ驚愕した。この時代の為政者はまったく国際情勢にうとく、また諸国間の接触経験については、なきに均しい状態であった。いわば無知と外交の未経験が国書を前にして、かれらを硬直させてしまったのである。なにしろ、これまで外交の経験がないのであるから、仕方のないことではあるが、外交上の技術にも暗かった。相手に対する対応としては、「返牒をだすか出さぬか」の一点に絞り、あとは国家安泰の祈願や、政治の刷新を目標とする徳政について審議する以外にはなかった。
 
kamikaze

 弘安の役の際に、もし神風が吹かなかったら日本はどうなっていたことやら。
 鉄砲(火薬を詰めた鉄球)や毒矢をもち国家統制された蒙古の大軍勢に対し、わが幕軍ときたら、重い甲冑を身に着けた騎馬戦がメインで、いきなり敵前に飛び出て、「やあやあ我こそは何の何某・・・」と名乗りを上げる、クニよりもイエが大事の郎党どもの集合体であった。
 勝敗は目に見えていた。 
 蒙古軍の東進によって朝廷は滅ぼされ、天皇制は断絶していたかもしれない。
 鎌倉幕府は滅ぼされ、日本はクビライ・カアンとその末裔を王とする国になっていたかもしれない。
 カミカゼ、万歳!

 一方、この神風による奇跡的な勝利によって、その後の日本人が太平洋戦争敗戦まで続く特異な思想を身に着けてしまったことは言うまでもない。

モンゴル軍撃退の「神風」を弾みにして、神国思想は巨大なうねりとなって日本列島の全土を覆いつくした。弓箭兵仗甲冑(きゅうせんへいじょうかっちゅう)の武装武者が夜叉鬼神を覆滅するという信念は、神国思想を媒介にいっそう飛躍し、神霊に加護される「武勇」は対外戦争でも絶対無敵のつよさをもつという武力観をうみだした。これは「神国」の空想のうえに創り出されたから、客観性に乏しく合理性にも欠けていた。そのぶんひとりよがりな武力観にもなりやすかったといえる。

 こののちわが国では、中世・近世・近代を通じて、対外的な危機と緊張を繰り返すたびに、神国思想が頭をもたげるのである。しかも降魔・無敵の武力観をともなって、頭をもたげるのである。

 岸田首相は外交が得意のようである。
 内憂外患のいま、客観性に秀で合理性に富み「迷信を排除した」外交と国防を期待したいのだが、あまりに内(閣)憂が大きすぎる。
 困ったことだ。
 
 



おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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● ピーター、芳紀17歳 映画:『薔薇の葬列』(松本俊夫監督)

1969年ATG配給
105分、白黒

 渋谷区立松濤美術館で10/30まで開催の『装いの力 異性装の日本史』展において、この映画が展示作品の一つとして紹介されていた。
 60年代後半の女装ゲイボーイを主人公とするLGBT映画である。
 監督の松本俊夫はアヴァンギャルド(前衛的)なドキュメンタリーを多く作ってきた人だが、本作以外の長編映画では、秋吉久美子の初主演作『十六歳の戦争』(1973年)や夢野久作原作の『ドグラ・マグラ(1988年)などを撮っている。

 アヴァンギャルドの代名詞とも言える「凝った映像、ショッキングなショット、分かりにくい筋書き、価値観の反転、時間と空間の飛躍、現実と虚構の曖昧化、反体制的な志向」が、ここでも見られる。
 もっとも、当時は世間常識を驚かしおびやかし反感を買ったであろう素材――女装するゲイボーイの生態、男同士のセックス、ドラッグにふける若者、路上の奇妙なパフォーマンス集団――は、今となってはなにも目新しいものはない。
 むしろ、ゲイや女装者に対する当時の社会の好奇な目線や、ゲイボーイとして働く当事者の屈折した心理や展望のない生き方があぶり出され、「こんな時代であったか・・・」と歴史を感じてしまった。
 
 映像表現そのものは、かなり凄い。
 松本がもともと美術畑の人間であったこともあり、構図の見事さ、白黒フィルムならではの陰影表現、洗練されたシュールリアリズム、滑稽化された様式美など、その才に圧倒される。
 海外でも上映され、ジャン・ジュネの映画(『愛の唄』か?)と並ぶほどの高い評価を得たというのも頷ける。
 当時17歳のピーター(池畑慎之介)衝撃のデビュー作というアオリ文句がなくとも、これ一作で松本の名は残るだろう。

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松本監督はピーターを六本木のゲイバーで発見したという
 
 本作の面白いところは、前衛映画でありながら古典的でもあるところ。
 最後まで観て驚いたのだが、なんと古代ギリシア演劇の傑作『オイディプス王』が下敷きになっていたのである。
 運命のいたずらから、自ら知らぬまま実の父親を殺し実の母親とまぐわった王子の話。
 これがどう脚色されるかは詳らかにしないが、前衛と思って観ていたものが「あれよあれよ」と古典に様変わりし、現代風俗ドラマが古今東西通ずる人間悲劇に転じる。
 その圧倒的力学が観る者を薙ぎ倒す。
 大昔のLGBTドラマと思っていたら、しっぺ返しを喰らう。

P.S. 淀川長治さん特別出演にはたまげた。




おすすめ度 :★★★★

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● 鎌倉右大臣、畢生の大作 本:『金槐和歌集』(源実朝・作)

1213年(建保元年)編纂
2016年新潮社・日本古典集成(樋口芳麻呂・校注)
全663首+94首

 NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』に登場する三代将軍・源実朝(1192-1219)がゲイキャラか否か、一部ネットで盛り上がっている。
 後白河上皇の稚児趣味やら、義経と弁慶のBL説やら、江の島稚児ヶ淵伝説のいわれとなった建長寺僧侶と白菊との悲恋やら、この時代男色は珍しくなかったので、実朝が自身を「マイノリティ」と認識していたかどうかは別として、同性に恋したことはあったかもしれない。

 そもそも実朝の性格や感性が、猛々しく粗野な関東武者がひしめく鎌倉幕府において、かなり異質であったことは、ドラマでも描かれているとおり。
 弓馬の道より和歌や蹴鞠の雅びを愛し、名付け親である後鳥羽上皇のいる京に憧れつづけた実朝は、鎌倉武士の中にひとり平安貴族が混じっているようなものだったろう。
 死ぬまで律令制の官位にこだわり続け、最後は「右大臣」の位まで手に入れたのはその証左である。

 もっとも、武士の世にあっては「右大臣」と言っても名ばかりの閑職に過ぎず、王朝時代の光源氏や藤原道長のような実質的な権力はもとよりない。
 権力はいまや北条一族の手に握られつつあり、実朝の存在は幕府の正統性を担保するための看板、言わば、ひな壇のお飾りであった。
 昨日の友が今日の敵となり、親兄弟さえもが互いに刃を向ける物騒な環境にあって、自らの置かれた立場を十分に自覚していた実朝。
 その空しさと息苦しさと孤独のはけ口として、和歌に入れ込んだのも無理ないところである。

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 『金槐和歌集』は実朝22歳(数え年)の時に成立した自選集である。
 ソルティは学生時代、「金塊(きんのかたまり)」と思っていて、鎌倉に金塊が見つかった記念として制作されたのだろうか? その金が鎌倉大仏に使われたのだろうか?――なんて思っていた。
 その後、「塊(つちへん)」ではなく「槐(きへん)」と知り、「槐」とは街路樹によく使われる「エンジュ」のことと知った。
 「金色に輝くエンジュ」とは美しい、『竹取物語』に出てくる蓬莱の玉の枝を連想させる・・・と思ったが、なぜそういう名前をつけたのか、とりたてて調べる気もなかった。
 今回はじめて『金槐和歌集』を読んで、ついに真実を知った。
 
 『金槐和歌集』の書名は、一般には「金」が「鎌倉」の「鎌」の偏、「槐」は「槐門」と同じく大臣の意と考えられ、全体として鎌倉右大臣の歌集を表すものと解されている。実朝が右大臣に任ぜられるのは、建保6年(1218)12月であり、翌年正月には非業の死を遂げるのだから、『金槐和歌集』とは、実朝の死後に付せられた呼称であろう。(校注者解説より)

 なんと「金槐」とは、まんま鎌倉右大臣の意であった。
 制作された時点では名前はなかったようだ。
 ちなみに、大臣のことを「槐門」と言うのは中国の故事で、周の時代に朝廷の前庭に3本の槐(エンジュ)を植え、そこを大臣の席にしたことによるという。 

エンジュの木
エンジュ(槐)

 歌人としての実朝の評価は当時から現代に至るまで非常に高い。
 元来の才能に加え、当時歌壇の第一人者として仰がれ『小倉百人一首』の選者にもなった藤原定家から、じきじきの教えを受けた。
 のちに定家は、「彼の歌をよむと、自分などは歌を作るのが嫌になるくらいだ」とこぼしたとか。
 下って、松尾芭蕉、賀茂真淵、正岡子規、斎藤茂吉、小林秀雄、吉本隆明など名だたる文学者たちも、こぞって実朝の歌を激賞している。
 『百人一首』には次の歌が選ばれている。(ソルティ意訳)

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波打ち際を浜へと渡した綱に引かれながら漕いでいる小舟
なんとしみじみと平和な光景だろう
こんな世が続くといいのになあ~
(私の周りと来た日には・・・)

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いくら待っても来るはずのない人を待っている愚かな私
夕凪の浜で焼く藻塩草のように、身も心も恋に焦がれているのです


 本書には、師の藤原定家が家人に書写させた定家初伝本『金槐和歌集』663首と、それ以外の歌を集めた『実朝歌拾遺』94首、併せて757首が収録されている。
 『金槐和歌集』のほうは、「春・夏・秋・冬・賀・恋・旅・雑」とテーマごとにジャンル分けされた歌が並んでいる。
 ソルティは歌の道に詳しくないので、出来のいい悪いはよくわからない。
 が、単純に「面白い」「凄い」「ユニーク」「びっくり!」と唸らせられたのは、「恋」「雑」部門に入っている歌と、『拾遺』に入っている歌であった。
 春夏秋冬を詠んだ歌は、時にハッとさせられる鋭い視点のものもあるけれど、大方はどこかで聞いたような、ありきたりなものが多い。
 歌の世界では「本歌取り」と言って、誰もが知っている過去の有名な歌をもじって、表現の重層的効果をねらう技巧があり、それは別に盗作でも二番煎じでもない正攻法なのだが、どうしたって新鮮味には欠ける。
 実朝の季節の歌には本歌取りが多いので、全般、陳腐な印象を受ける。
 一方、恋や雑の歌には、自分の心情や感性にしたがって自分の言葉で率直に詠んだ歌が多く、実朝の人となりが知られ、現代人である我々の心にまっすぐ飛び込んでくる。
 ソルティが感銘を受けたものを何首か挙げる。
 訳はソルティによる意訳である。

乳房吸う まだいとけなき 嬰児(みどりご)と
ともに泣きぬる 年の暮れかな
(生まれて間もない赤ん坊が母親の乳房を吸いながら泣いている。それを見ている私も知らず泣いてしまった。ああ、また一年が終わろうとしている)

織姫(たなばた)に あらぬわが身の なぞもかく
年にまれなる 人を待つらむ
(七夕の夜しか彦星と会えない織姫のような私。愛しい人はいっこうに訪ねてはくれないものを)

夏深き 森の空蝉 おのれのみ
むなしき恋に 身をくだくらむ
(真夏の森の蝉の抜け殻のような空しい恋ばかりしている私。この身がばらばらに砕けそうだ)

神といい 仏といふも 世の中の
人の心の ほかのものかは
(神とか仏とかいったところで、結局は人の心がつくったものでしかない)

幼い子供が泣きながら母親を探しているのを見かけ、近くにいた者に事情を聞いたところ、「この子の両親はすでに死んでいます」と言う。それを聞いて、
いとほしや 見るに涙も とどまらず
親もなき子の 母を尋ぬる
(母親が死んだことも知らないで探し続けるこの子を見よ。これが泣かずにいらりょうか)

大海の 磯もとどろに 寄する波
割れて砕けて 裂けて散るかも
(とどろくばかりに押し寄せる磯の波のごとく、私の身も心も、割れて砕けて裂けて散るのだ)

荒波

 実朝は名付け親であり和歌の名人でもあった後鳥羽上皇が大好き。
 天皇を讃える歌を何首かつくっている。

君が代は なほしも尽きじ 住吉の
松は百度(ももたび) 生ひ代るとも
(天皇制は絶対になくなりません。住吉の松が百回生え変わっても)

山は裂け 海は浅せなむ 世なりとも
君にふた心 わがあらめやも
(山が裂けて海が干上がるような天変地異が起ころうとも、私が上皇様を裏切ることは絶対にありません)

 むろん、後鳥羽上皇も百人一首に選ばれている。

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愛する遊女・亀菊は愛おしい。
鎌倉の北条義時は恨めしい。
なんとこの世は味気ないことだ。
それもこれも私がこの世に執着しているからなのだ。
煩悩ゆえなのだ。


 甥っ子である公暁に暗殺された実朝の衝撃的な最期は、おそらく今回のドラマのクライマックスとなろう。
 どんな演出がされるか楽しみであるが、ちょっとだけネタをばらしてしまうと――。

 鎌倉時代末期に成立した歴史書『吾妻鏡』によれば、建保7年正月27日、鶴岡八幡宮参拝のその日、なにか異変が起こることは実朝も予感していたらしい。
 御所を出る前に近臣の大江広元が凶兆を感じ、「念のため鎧の腹巻をして行ってください」と頼んだが、実朝はそれをしりぞけた。
 自らの髪を一筋抜いて、側近に記念として渡した。
 それから庭の梅を見てこう詠んだ。

出でて去(い)なば ぬしなき宿と なりぬとも
軒端の梅よ 春を忘るな
(私はもうここには戻って来られないかもしれない。梅の木よ、主がいなくなっても春を忘れず咲き匂ってくれよ)

 畢生の大作『金槐和歌集』を完成させ、前年の暮れには念願の右大臣を拝命した源実朝には、もうこの世に思い残すことなどなかったのかもしれない。


梅と雪




 
おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
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● 笑顔の破壊力 映画:『手をつなぐ子等』(稲垣浩監督)

1948年大映
85分、白黒
脚本 伊丹万作
撮影 宮川一夫

 スクリーンにおける杉村春子と言えば、小津安二郎監督『晩春』、『東京物語」、『麦秋』3部作の名演が眼前に浮かび上がる。
 演技なのか地なのか見分けがつかないほどの自然さで、どこにでもいそうな、お節介でお喋り好きで生活臭たっぷりの庶民のおばちゃんに扮していた。
 新劇で活躍していた杉村を小津が起用したのは、1949年『晩春』が最初であった。
 「先生、どうして私を?」と尋ねた杉村に対して、小津はこう答えたという。
 「『手をつなぐ子等』の芝居がとても良かったからさ。自然でね。」
 何十年も前にこのエピソードを聞いた時から、『手をつなぐ子等』がずっと観たかったのだが、なかなか上映される機会に巡り合わなかった。

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 9/22~28まで池袋の新文芸坐で「名匠稲垣浩、再発見」と題した特集が組まれていた。
 片岡千恵蔵主演『番場の忠太郎 瞼の母』(1931)の弁士付き上映、三船敏郎主演でヴェネチア映画祭グランプリに輝いた『無法松の一生』(1958)、森繁久彌と原節子が夫婦役を演じた『ふんどし医者』(1960)、そして『手をつなぐ子等』など、全8作品が上映された。
 すべてを観たかったけれど、そうもいかない。
 9.27国会議事堂前での安部元首相国葬反対デモの帰りに、念願の『手をつなぐ子等』の最終上映に間に合った。

 主人公は脳に障害のある小学生の寛太(初山たかし)。今でいう知的障害児である。
 他の生徒の勉強の邪魔になるということで、いくつもの学校をたらい回しにされ、両親(香川良介、杉村春子)は困り果てている。
 頼み込んでようやく入れてもらった学校には、松村先生(笠智衆)という情熱的で心やさしい教育者がいた。
「寛太君を仲間として受け入れることができるかどうかで、君たちの人としての真価が試される」
 松村の言葉に、生徒たちは寛太を差別したり虐めたりすることなく、友達としてつきあう。
 ようやく学校の楽しさを知って、朝一番に登校するようになった寛太。
 だが、そこに乱暴者のガキ大将である金三が転入してきた・・・・。

 知恵遅れだけど純真な心をもつ寛太を愛し、心配する両親の姿が、なんとも切ない。
 なるほど、杉村の演技は自然この上なく、息子を思って密かに目を拭う母のたたずまいは、観る者の同情を集めずにはいない。
 やさしく控えめで働き者、一昔(ふた昔?)前の日本の理想の母親像を作り上げている。
 この杉村の演技を見て、『晩春』他のざっかけない庶民のおばちゃん役を当てた小津安二郎の慧眼を思う。

 松村先生役の笠智衆は、本人の生まれもっての人柄の良さやちょっととぼけた味わいが、そのまま活かされる役を当てられると、うまくハマる。
 それ以外の場合、「あまり上手い役者でないかも・・・」という事実が露呈してしまう傾向にある。
 むろん、ここでは前者である。

 この映画のなによりの成功のもとは、寛太を演じた初山たかし少年の起用である。
 いったいどこから見つけて来たのか。
 本当に知的障害がある子供なのか。
 演技だとしたら、とんでもない天才子役である!
 周囲の悪ガキ達にだまされても虐められても、そのことにまったく頓着せず、あけっぴろ気で無邪気な笑顔を見せる。
 その笑顔のなんとも可愛いこと!
 なんとも癒されること!
 この世に敵の戦意を喪失させ武装解除させてしまう秘密兵器があるとしたら、それは寛太の笑顔である。
 映画データベースによると、阪妻主演・伊藤大輔監督『王将』(1948)にも「長屋の寛ちゃん」という役で出演しているが、役者にはならなかったようだ。
 
 令和のいま、本作をポリティカル・コレクトネスの目で評価したら、いろいろと引っかかるところがあるものと推察される。
 また、いじめっ子が寛太の無垢さにあって改心するという筋書きの陳腐さというかご都合主義、障がい者を「聖なるもの」として捉える紋切り型も、NHK朝ドラ『ちむどんどん』ほどではないにせよ、批判を浴びるかもしれない。
 それでもなお、74年前の本作が呼び起こす感動は決して褪せることはないし、寛太の笑顔を見るために、このさき何度も観たいと思う一本である。


手をつなぐ子等
笠智衆と初山たかし
(DVD発売されてました



おすすめ度 :★★★★★

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● 仏教セミナー『坐禅に学ぶ身心の調い』(藤田一照×細川晋輔対談)


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芝増上寺と東京タワー

日時 2022年9月24日(土)14:00~15:30
会場 大本山増上寺 慈雲閣ホール
講師 藤田一照(曹洞宗僧侶)、細川晋輔(臨済宗僧侶)
主催 一般社団法人 日本仏教讃仰会

 首都圏に長いこと暮らしながら、芝増上寺には一度も行ったことがなかった。
 NHK『ゆく年くる年』でよく登場するお寺である。
 有名人の葬儀が行われる場所としても知られていて、最近ではむろん、安倍元首相が7月12日に弔われた。
 ここで日本仏教讃仰会主催のセミナーが2年ぶりに開かれる、しかも講師の一人は機会あったら話を聞きたいと思っていた藤田一照氏。
 台風通過後の不安定な空模様であったが、行ってみた。

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増上寺大門

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三解脱門
三つの煩悩(貪・瞋・痴)を解脱する門の意


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本殿
本尊は阿弥陀如来像

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法然上人
増上寺は浄土宗の七大本山の一つ

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本殿から見た浜松町

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会場となった慈雲閣

 広い境内の一角にある慈雲閣1階ホールが会場。
 参加者は50~60名であった。
 藤田一照氏は1954年生まれの68歳、細川晋輔氏は1979年生まれの42歳。
 親子ほど違う年齢差、禅僧としての経験の違い、あるいは知名度なんかもあって、対談とは言え、全般的には藤田氏の坐禅観を細川氏が合の手を入れながら引き出して展開する、といった流れであった。

 実際、藤田氏は話上手で、知識はもちろん米国での長い布教生活など話の引き出しが多く、話しぶりにもアメリカンな率直さを感じた。
 細川氏によれば、藤田氏の坐禅観は伝統的なそれとは大分異なっていて、「いま禅業界(?)に革命を起こしている」のだという。
 
 タイトルにある「身心の調い」というところから話は始まった。
 この「調い」は、「整い」とは違って、英語で言えばharmonize あるいは balance に近い。
 身心を制御(control, regulate)して自己をあるべき理想に近づけようとするのではなく、身心と周りとの関係の調和をはかる営為だという。
 悟りを求めて一心不乱に修行するのが伝統的な坐禅イメージとするなら、「あらゆるものとの関係性の中にある自分の身心に気づく」といったイメージになろうか。
 
 続いて、「健康」とはなにかという話。
 細川氏によると、「“けんこう”はもともと“堅剛”と書いた。それに“健康”という字を最初に当てたのは白隠禅師」とのこと。
 その振りを受けた藤田氏は、「健」「康」という漢字が、「手に筆をまっすぐ持っている」さまを表した象形文字から生まれたと解説し、健康を「本来の働きがしっかり現れている体と心」と定義した。
 坐禅とは、身心を調えて健康になること、すなわち、本来の働きをしっかり有らしめることなのだ。

 次に、藤田氏が今の坐禅観にたどりつくようになった経緯が語られた。
 野口体操や鍼灸や漢方との出会い、アメリカ生活で実践したボディワークやマインドフルネス。
 東洋と西洋の身体観、身心観がバックボーンとなったとのこと。
 なるほど、藤田氏はマインドフルネスの唱導者ティク・ナット・ハンの本を訳している。
 
 最後に、坐禅によって調えるべき3つについてまとめられた。
  1.  調身・・・・大地とのつながりの調和の探究
  2.  調息・・・・大気とのつながりの調和の探究
  3.  調心・・・・六感(眼耳鼻舌身意=視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚・心に触れるもの)とのつながりの調和の探究
 坐禅は自己と周囲との「関係の調律」なのであるが、言うまでもなく、自己も周囲も一瞬一瞬変動している(諸行無常である)。
 つまり、一坐一坐が毎回、未知の探究になる。
 だから、坐禅は標準化もマニュアル化もできない。

 話を聴きながら思い起こしたのは、カルロ・ロヴェッリ著『世界は「関係」でできている 美しくも過激な量子論』(2021年NHK出版)であった。
 量子の奇妙な振る舞いの説明として「関係論的解釈」を唱えた画期的な書であるが、その中で著者は、関係論的解釈と古代インドの仏教学者ナーガルジュナ(龍樹)の「空の思想」を結び付けていた。

一つ一つの対象物は、その相互作用のありようそのものである。ほかといっさい相互作用を行なわない対象物、何にも影響を及ぼさず、光も発せず、何も引きつけず、何もはねつけず、何にも触れず、匂いもしない対象物があったとしたら・・・・・その対象物は存在しないに等しい。(中略) わたしたちが知っているこの世界、わたしたちと関係があってわたしたちの興味をそそる世界、わたしたちが「現実」と呼んでいるものは、互いに作用し合う存在の広大な網なのである。そこにはわたしたちも含まれていて、それらの存在は、互いに作用し合うことによって立ち現れる。わたしたちは、この網について論じているのだ。(『世界は「関係」でできている』より)

何ものもそれ自体では存在しないとすると、あらゆるものは別の何かに依存する形で、別の何かとの関係においてのみ存在することになる。ナーガルジュナは、独立した存在があり得ないということを、「空」(シューニャター)という専門用語で表している。
(小学館『日本大百科全書(ニッポニカ)』の「龍樹」項より)

 「互いに作用し合う存在の広大な網=空」の中に自己投棄する――それが坐禅の極意ということか。


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本堂内部


※本記事は講座を聴いたソルティの主観的解釈に過ぎません。実際の講座の主旨とは異なる可能性大。あしからず。

















● 9.27安倍元首相国葬反対デモ@国会議事堂

 国葬モドキが行われている武道館から、およそ2キロ離れた国会議事堂前に13:40に到着。
 すでに正門に続く両並木の歩道は人でいっぱい。
 通り道をつくるため歩道の幅が半分に区切られて、参加者スペースが狭くされているのがもどかしい。
 ソルティは、8.31デモの時と同じ、議事堂の左翼側の最前列に場所を取った。

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 開始を待っていると、様々なプラカードや幟を掲げた人が目の前を通り過ぎていく。
 やはり手作りの物には味がある。

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 14時スタート。
 野党代表や憲法学者、従軍慰安婦の支援者、在日ミャンマー人の活動家、浄土真宗僧侶、カトリックの作家、演劇人、田中優子法政大学前総長等々、今回も多方面からの色々なスピーチが続いた。
 このスピーカーの多様性が意味するものは、ただ一つ。
 ここ数年の安倍元首相の民主主義を無視した強権政治に、みんな怒っていたのだ!

 一番びっくりしたのは、伝説的フォーク歌手・小室等の登壇。
 詩人の谷川俊太郎『死んだ男の残したものは』や中原中也『サーカス』の詩に曲をつけた歌など、何曲かギター片手に歌ってくれた。
 かなりのお歳だと思うが、しっかりした声と息で、朗々と歌いあげた。さすがプロ!
 中で、「あれ?この歌はたしか往年の人気時代劇『木枯し紋次郎』のテーマソングでは・・・?」と、思わず懐かしさが込み上げてくる歌があった。
 スマホで調べてみると、上条恒彦が歌った『だれかが風の中で』は、作詞が市川崑監督夫人で脚本家の和田夏十、作曲が小室等であった。
 知らなかった。
 この人の登場で、なんか空気は一気に70年安保に戻ったような感があった。(と言ってソルティは当時まだ小学生だったが・・・)

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 その間も参加者はどんどん増えていき、最終的には15,000人に膨れ上がった。
 8.31のデモの時の3倍以上だ。
 中高年ばかりでなく、学生など若い人の姿も見られた。
 世代を超えた輪が広がっている感触がある。
 ソルティはデモというものに参加するようになって四半世紀以上経つが、今回のデモに最も雰囲気が近いと思ったのは、90年代半ばに日本中でうねりが起こった薬害エイズ訴訟支援である。
 あのときは本当に、老若男女が、右と左の立場も超えて、一丸となって国に対して怒りの声を上げた。(デモの群衆の中には、小林よしのりや櫻井よしこの姿もあった)

 国葬が終わったからと言って、問題が解決したわけではない。
 統一協会との癒着、2020東京オリンピックを巡る汚職、追及すべきことは沢山ある。
 どうやら政治の季節がまた到来したようだ。
 

 
 

● 市民憲法講座:『憲法と国葬について考える』を聴く


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日時 2022年9月24日(土)18:30~20:30
会場 文京区民センター(東京都文京区)
講師 石村修(専修大学名誉教授・憲法ネット103)
主催 許すな!憲法改悪・市民連絡会

 ソルティが安倍元首相の国葬に反対する一番の理由は、「国葬するにふさわしい人と思えない」に尽きる。
 統一協会と、自民党安倍派を筆頭とする国会議員たちとの癒着を推し進めた親玉だったのだから、国を挙げて国税を丸々使って葬儀するなんて、とんでもないことである。
 それがなくとも、「モリ・カケ・サクラ」の疑惑は払拭されないままだ。
 安倍さんが日本のために他にどんないいことをしていたとしても、差し引きすればマイナスだろう。
 大平首相の亡くなった時のように、自民党と内閣で送れば十分だと思う。

 決定過程にも大きな問題がある。
 日本国憲法下では日本国の象徴である天皇だけに認められている国葬を、長期政権を維持した首相とは言え、法的には我々と同じ一国民に過ぎない人間に適用するにあたって、閣議決定のみで決めるというのはあまりにおかしい。
 それなら、日本国民の誰でも――山口組組長でも山上徹也容疑者でも志位和夫共産党委員長でも森喜朗元首相でも――閣議決定だけで国葬できることになってしまうではないか。
 岸田首相は、内閣府設置法4条を盾に「法的根拠がある」としたいようだが、そこまでの権限を内閣に与えたつもりはない。
 その人が「国葬にふさわしいかどうか」を決めるのはあくまでも国民であるべきだ。
 であるなら、民意の代表である国会にかけるのが自明の理。
 内閣は民意の代表ではない。
 現在与党が過半数を占める国会にかけたら、「安倍元首相の国葬」は賛成多数で可決されるかもしれないが、その場合、こうまで国民の反対の声が大きくなることはなかったであろう。
 民主主義尊重の手続きを怠ったところは容認できない。

 しかしながら、対象が安倍元首相ではなく、ソルティが個人的に「国葬するにふさわしい」と思える人――たとえば中村哲医師(2019年12月4日逝去)とか緒形貞子(2019年12月22日逝去)とか――であった場合を想定したとき、決定過程の不自然さを今回のように追及するかと訊かれたら、正直のところそうでもないかもしれない。(こうしたダブルスタンダードは本来よろしくない)
 つまり、ソルティの反対理由の最たるものは、やはり、「安倍元首相は国葬にふさわしい人物ではない」という点にあるのだ。
 で、こんな人物評定みたいなことをしなくちゃならないのは、安倍昭恵さんはじめ悲しみにくれている遺族のことを思うと、ほんとは嫌なんである。
 故人の悪口なんか大っぴらに言いたくない。
 多くの国民がそうせずにはいられないような状況を作ってしまった点で、現内閣は大いなる失策をしたと同時に、安倍元首相及び遺族を無用に傷つけてしまったと言うべきだろう。

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 いくぶんに主観的な安倍元首相の人物評・政治家評はともかく、客観的な法的根拠については、実際のところどうなんだろう?
 それが気になって、物凄い雷雨の中、本講座を聴きに行った。
 文京区民センターは、地下鉄春日駅・後楽園駅のすぐ近く。
 参加者は30名弱であった。

 国葬の定義(「国家が主催して、国家がすべての費用を支払う葬儀」)から始まって、明治維新以降の国葬の歴史、大正15年に制定された「国葬令」の中味、日本国憲法施行以降の国葬の事例、そして法的根拠の如何などが、配布資料をもとに語られた。
 初めて知って驚いたのが、大久保利通(明治11年)、岩倉具視(明治16年)、明治天皇(大正元年)、昭憲皇太后(大正3年)らに並んで、大正8年に李太王、大正15年に李王の元韓国皇帝2人が国葬されていたことである!
 これは、当時朝鮮半島が日本の植民地になっていて、2人の国王が日本政府の傀儡だったことによる。朝鮮半島支配に利するべく、国葬を悪用したわけである。
 この史実、日本はもとより韓国の歴史教科書にも載っていないそうだ。

 さて、法的根拠を議論する上でポイントとなるのは、1947年日本国憲法施行とともにそれまであった「国葬令」は効力を失ったのだが、その際、新たに法律を作らなかった点である。
 ここで「国葬に関する法律」というのを作って、「誰を対象とするか、どうやって決定するか」など委細決めておけば、その後の混乱は生じなかった。
 その法律を制定しなかったので、その後、皇室典範が適用される昭和天皇崩御(1989年)の場合を除く貞明皇后(大正天皇后)・吉田茂元首相・香淳皇后(昭和天皇妃)の逝去に際して、法的根拠を曖昧にしたまま「準国葬」とか「国葬の儀」といったネーミングでごまかした「国葬モドキ」が実施されたのである。
 もっとも重要なことを曖昧にして(棚上げして)おいて、いざとなったらあたふたとし、場当たり的な対応でごまかす――これは日本人の悪い癖であろう。
 いずれにせよ、答えは明らか。
 明確な、万人が納得できる法的根拠は存在しない。

 加えて石村氏は、9/27の安倍元首相の国葬が「実体的憲法違反」になる可能性に関して、以下の5つを指摘した。(配布資料より抜粋)
  1. 平等原則違反(憲法14条)・・・国葬の実施は、人の死に価値順列をつけることにより、国民を等しく扱うものではない。
  2. 財政立憲主義違反(同83条)・・・国葬の実施は、金額が多いこと、緊急性が薄いこと、法令に根拠がないことを考慮して、国会の審議・議決を必要とする。
  3. 国民の内心の自由の侵害(同19条)・・・国葬が実施されることに伴い、行政機関、地方自治体、私的団体によって、国民に一定の強制行為が促されるおそれがある。この行為がなされた場合には、思想・良心の侵害があったとして、損害賠償の請求が求められる。
  4. 政教分離違反(同20条3項)・・・国葬の実施と絡んでなんらかの宗教的な要素が介在した場合には、国民の信教の自由が侵害され、国家が特定の宗教を助長したものとして、政教分離違反になるおそれがある。 
  5. 国葬への反対行動への規制(同21条)・・・国葬当日、会場周辺にて反対行動を行うことが制限された場合、特定の内容の危険性のない行為まで根拠なく制限することは、表現の自由侵害となりうる。

 最後に、石村氏は次のように聴衆に投げかけた。
「そもそも、国家が先頭に立って何かをするというやり方は、いい加減止めた方がいいのではないでしょうか? その最たるものが戦争ではないでしょうか?」

 故人が国葬にふさわしいか否かを問うのでもなく、国葬の決定に法的根拠があるか否かを如何するのでもなく、大喪の礼を含めた国葬そのものの是非を問うという視点。
 ソルティは、そこまでは突き詰めていなかったな・・・・・。

 9月27日は半休取って、国会議事堂前に詰めるつもりでいる。

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● ドキュメンタリー映画:『沖縄戦 知られざる悲しみの記憶』(太田隆文監督)

2019年青空映画舎、浄土真宗本願寺派
105分
ナレーション:宝田明、斉藤とも子

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 戦死者20万656人。日本で唯一の地上戦が行われ、県民の4人に1人が死亡した沖縄戦。
 それはどのように始まり、どのように終わったのか。
 どれほどの悲惨と残虐と苦しみがあったのか。
 これほど多くの民間人が犠牲になった背景にはいったい何があったのか。
 沖縄戦体験者12人の証言と専門家8人による解説、そして米軍が撮影した記録映像を用いて、時系列でわかりやすく克明に描いている。

 下手な解説やコメントはすまい。
 これはぜひ観てほしい。
 国家というものがいかに狂気なシステムになりうるか、ファシズム下の学校教育がどれだけのことを成し遂げるか、人間がどれほど無明に閉ざされているか、嫌というほど実感させられる。

 ソルティはこれまでに仕事で1度、観光で2度、沖縄に行っている。
 しかし、沖縄戦の関連施設を訪ねることはなかった。
 ひめゆりの塔、対馬丸記念館、沖縄陸軍病院跡、佐喜眞美術館・・・・。
 一度は行っておくのが、沖縄を本土決戦のための時間稼ぎの防波堤として利用した「やまとんちゅう(本土の人)」の義務だろう。

 ナレーションをつとめた宝田明(2022年3月逝去)は、ハンサムでダンディな俳優として知られたが、戦後満州で11歳まで過ごし、自身もソ連兵の銃弾で瀕死の重傷を負った過去があるという。
「なぜに子供たちは、親を奪われねばならなかったのか」
「なぜに子供たちは、実の親の手で殺されなければならなかったのか」
 ラストシーンの慟哭そのものの語りはそれゆえであったか。

 懼れるべきは、他国に攻撃される可能性なのか?
 それとも、自国がファッショ化し、自国に心を殺される「今ここにある危機」なのか?


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多くの子供達が本土疎開のために乗った対馬丸は
アメリカの潜水艦によって撃沈された





おすすめ度 :★★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


● 映画:『クイーン』(スティーヴン・フリアーズ監督)


2006年イギリス、フランス、イタリア
104分

 エリザベス2世女王の国葬がつつがなく終わった。
 伝統に則った盛大で格式ある葬礼、弔問に訪れた多くの国民の悲しみと喪失感、亡き女王の偉大さをこぞって称えるマスコミ――それらをテレビやネットニュースで観ていて、「さすが大英帝国」と思ったけれど、一方、なんとなく違和感というか空々しさを感じもした。 
 1997年8月31日に起きたダイアナ妃の交通事故死直後の英国マスコミのセンセーショナルな報道や、それに煽られた一般市民のふるまいを覚えている人なら、きっとソルティと同じようなことを感じたと思う。
 「あのときは、あんなにエリザベス2世を非難し、憎み、罵倒していたのに!」
 「王室廃止の声さえ上がっていたのに!」

 そう。スキャンダルまみれなれど、その美貌と博愛精神と人の心を一瞬でつかむ魅力とで人気絶大だったダイアナ妃の非業の死に際して、英王室とくに元姑であるエリザベス2世が何ら弔意を示さなかったことで、大騒動が巻き起こったのだ。
 本作は、その一部始終をクイーンエリザベス2世の視点から描いたものである。

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ヘレン・ミレンとマイケル・シーン

 エリザベス2世を演じているのは、ロンドン生まれのヘレン・ミレン。
 本作で数々の女優賞を総なめにしたが、それももっともの名演である。
 君主としての威厳と気品のうちに英国人らしいユーモアと忍耐力を備え、国家と国民に対する強い責任感と、突然母親を失った孫(ウィリアム王子とヘンリー王子)はじめ家族に対する愛情を合わせ持った一人の女性を、見事に演じている。
 その威厳は、ヘレンの父親がロシア革命の際に亡命した貴族だったせいもあるのだろうか。
 
 時の首相であるトニー・ブレアに扮しているのはマイケル・シーン。
 顔立ちは本物のトニーによく似ている。
 左翼政権を率いた野心あふれる男の精悍さより、母性本能をくすぐる甘いマスクが目立つ。
 
 ソルティはエリザベス2世をテレビで見るたびに、亡くなった祖母を思い出したものである。
 冷静で強情なところ、ハイカラでファッショナブルなところ、職業婦人として自立していたところ(祖母は看護婦長であった)、賢明で物知りなところ、目鼻立ちにも似通ったところがあった。
 久し振りに祖母を思い出した秋分の日。
 
エリザベス2世
エリザベス2世の冥福を祈る
 
 


おすすめ度 :★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損

 
 


 

● 映画:『ひめゆりの塔』(今井正監督)

1953年東映
130分、モノクロ

 ドキュメンタリー映画の俊英、今井正監督による本作は、吉永小百合主演による1968年版(舛田利雄監督)とくらべると、やはりドキュメンタリー色が強く、全編リアリズムにあふれている。
 それはドラマ性が弱い、すなわちエンターテインメントとしてはいま一つということでもあるが、いったいに、「ひめゆり学徒隊の史実をエンターテインメントで語ることが許されるか!」という思いもある。
 物語の背景や人物関係がわかりやすく、随所に感動シーンがあり、映画として楽しめるのは68年舛田版。一方、豪雨の中での担架を抱えた部隊移動シーンや米軍による無差別爆撃シーンなど、「超」がつくくらいの写実主義に圧倒され、戦争の怖ろしさや悲惨さに言葉を失うほどの衝撃を受けるのが53年今井版である。

 出演者もまた、スター役者を揃えた舛田版にくらべると、本作でソルティがそれと名指しできる役者は、先生役の津島恵子と生徒役の香川京子以外は、藤田進と加藤嘉くらいしかいなかった。
 クレジットによると、渡辺美佐子、穂積隆信も出ているらしいが、気づかなかった。
 脚本は水木洋子、音楽は古関裕而である。
 当時、沖縄はまだ返還されていなかったので、東映の撮影所の野外セットと千葉県銚子市の海岸ロケで撮影されたという。(ウィキペディア『ひめゆりの塔』より)

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生徒たちと川遊びに興じる先生役の津島恵子
 
 すでに島の上空も海上も米軍にすっかり埋め尽くされているというのに、「大日本帝国は総攻撃により敵を撃退する。勝利は近い」と最後の最後まで国民をだまし続け、もはや敗戦が隠せなくなるや、「捕虜になるよりは国のために潔く死ね」と、国民を突き放す大本営。
 統一協会との癒着を隠し続け、安倍元首相の国葬を断行する今の自民党と、どこが違うのか!




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 
 
 
 
 

● 9.19大集会「さようなら戦争 さようなら原発」デモに行く

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 関東地方にも台風が接近中。
 午前中は地元も都内も大雨だったので、行くか止めるか迷ったが、正午すぎたら雨が止んで空が明るくなってきた。
 急いで身支度をして、家を出た。

 JR山手線を原宿駅で降りると、明治神宮前から集会場所の代々木公園野外ステージまで続く長い列ができていた。
 到着すると、ステージではプレコンサートが始まっていた。

 会場を埋め尽くす人、人、人。
 風にはためくカラフルな幟(のぼり)、思い思いのメッセージが書かれたプラカード。
 主催者発表では13,000人参加とのこと。
 やはり、安倍元首相の国葬問題がオールド左翼たちの心に火をつけた模様。

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 13:30から始まった集会は、
  • 野党各党の国会議員
  • 作家の落合恵子
  • 改憲問題対策に取り組む弁護士
  • 国葬反対を訴える若者グループ代表
  • 労組関係者
  • 福島原発反対運動の代表
  • 辺野古基地反対運動の代表
  • ルポライターの鎌田慧  
 など、15名くらいがスピーチした。
 聞いていて「上手いな」と思うスピーチのポイントは、「簡潔な言葉、声の強弱と抑揚の変化、聴衆を引き込む“間”の活用、結論を先に言う」であると思った。
 その間、雨は降ったり止んだりしていたが、強く降ることも、長く続くことも、なかった。
 直前までの大雨を思うと、お天道様が味方してくれているような気がした。

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ソルティお手製「国葬反対アンブレラ」

 15:00から待ちに待ったデモ行進。
 原宿コースと渋谷コースに分かれた。
 ソルティはLGBTパレードで勝手知ったる渋谷コースを選んだ。
 公園通り→渋谷ハチ公前→明治通り→神宮通り公園前、と歩く。 
 NHKホールの脇で出発を待っていると、狐の嫁入り(天気雨)となった。
 我々の本気度を試しているのか、お天道様よ!?

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デモの出発を待つ参加者たち

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 歩き始めるや雨はすっかり上がって、渋谷の街に若者があふれ出した。
 中高年ばかりのデモ行進を奇異な目で見ている様子。
 LGBTパレードの時は、手を振って笑顔で応援してくれたものだが・・・。
 でもね、戦争に取られるのはわしらジジババではない、君たちなんだ!

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 「原発反対!」
 「戦争反対!」
 「国葬反対!」
 「憲法改悪、絶対反対!」
 「原発は原爆だ!」
 「子どもを守れ!」

 シュプレヒコールがビルの谷間にこだました。

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● 謎の石像の正体 ~深大寺&祇園寺探訪~

 深大寺の国宝・釈迦如来仏に会いたくて、台風前の曇天を調布に出かけた。
 今回は深大寺から1キロほど離れたところにある同じ調布市内の祇園寺にも足を延ばす。
 もちろん、深大寺蕎麦に舌鼓を打つことも予定のうち。

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寺の周囲の小屋はみな蕎麦屋である

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深大寺門前
14時半頃に着いたので人出は一段落していた
 
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本堂
おみくじは「吉」であった

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おびんずるさまもコロナ予防
 
 国宝・釈迦如来仏の由来は、貴田正子著『深大寺の白鳳仏』に詳しい。
 深大寺を開基した満功上人の腹違いの弟である高倉福信が、武蔵から京に上って大出世し、聖武天皇や光明皇后や橘諸兄の愛顧を得てこの見事な仏像を賜わり、故郷で僧侶していた兄に手渡した――というのが、貴田の説であった。
 加うるに、最初に仏像が納められたのは深大寺ではなく祇園寺、と貴田は推理する。
 その裏には、満功上人の生誕地と言われる祇園寺こそは、高句麗系渡来人であった一族の菩提寺であり、調布地域を開拓した渡来人たちの生活と信仰の中心であり、おそらくは深大寺より先に創られたであろう、という読みがある。
 いずれにせよ、ブロンズの滑らかな曲線と上品な輝き、童子のように可愛らしい佇まい、両性具有的なアルカイックな微笑み、実に魅力的な仏像である。

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銅造釈迦如来倚像
 像高83.9cm
 飛鳥時代後期(7世紀後半~8世紀初頭)

 参拝を終えて、お待ちかねの蕎麦タイム。
 門前の店に飛び込んだ。

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ざるそば(1050円)

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店内から見える弁天池

 胃袋が落ち着いたところで、祇園寺へと向かう。
 曇ってはいるが湿度が高く、汗だくになった。

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虎狛山祇園寺
(東京都調布市佐須町2丁目)

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本堂

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周囲の風景

 祇園寺もまた深大寺同様、天平年間(729~749)に満功上人よって開かれたお寺である。
 もともとは法相宗であったが、平安に入って天台宗に改宗し、現在に至っている。
 法相宗から天台宗への移行は、日本仏教史上最大の論争が徳一(法相宗)と最澄(天台宗)の間に繰り広げられたものであることを思うとき、すごい飛躍というか寝返りに映る。
 やはり時代の趨勢は無視できなかったのか。


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明治41年に板垣退助が境内に植えた松

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こんなとこまで秩父事件の余波が来たとは・・・!
自由と民権を愛する当地の人々の姿が浮かぶ

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当時の住職(中西悟玄)の息子・中西悟堂の歌碑
悟堂は僧侶にして「日本野鳥の会」の創設者である
当寺で坐禅修行の日々を送ったことが知られる

 参拝後、本堂前の御影石のテーブルでしばし休む。
 整然として静かで、落ち着くお寺である。
 天台宗ではあるが、座禅会などもやっているようであった。

 1キロ強歩いて、京王線・布田駅に。
 本日の探訪はこれにて終了。
  
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野川

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京王線・布田駅


 ――と思いきや、真の探訪はここからであった。

 祇園寺でソルティが一番注意を惹かれたのは、山門入ってすぐのところにある石像であった。
 神社の狛犬のごとく、左右一対で置かれている。
 見た目どうも和風ではなく、朝鮮風。
 花崗岩の摩滅具合から見て、せいぜい遡っても100年くらい前のものか。

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本堂向かって右側

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向かって左側

 すぐに思い浮かんだのは、朝鮮半島の村落に見られる将軍標(チャングンピョ)。
 日本の道祖神みたいなもので、村落の境界を示すとともに外敵を防ぐ魔除けである。
 天下大将軍と地下女将軍の男女の将軍が対になっているのが特徴で、埼玉県の西武池袋線・高麗(こま)駅の駅前広場にあるトーテムポールがよく知られる。(県民以外は知らないか)

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 西武新宿線・高麗駅前の将軍標

 渡来人ゆかりのお寺だけのことはあるなあと感心したが、やはり当てずっぽうはいけない。
 なんの像か確かめたい。
 帰宅してからネットで調べてみたら、いろいろな説が載っていた。
  1. 将軍標説
  2. 深沙大王説(深大寺開山の謂れとなったインドの神様。『西遊記』の沙悟浄である)
  3. 七福神の福禄寿説(祇園寺は「調布七福神めぐり」の一つになっている)
  4. 満功上人の父母を記念するために作った説(これはソルティ推測)
 2と3の場合、像が2体あることの説明が必要だろう。
 お寺に直接電話して聞いてみようと思ったところ、ある記事を見つけた。
 深田晃二という人が書いた『朝鮮石人像を訪ねて(1)』というレポートである。
 神戸にある「むくげの会(無窮花会)」の機関誌『むくげ通信230号』(2008年9月発行)に掲載されたもので、当会は1971年1月に設立された「朝鮮の文化・歴史・風俗・言葉を勉強する日本人を中心としたサークル」との由。
 このレポートにまさに祇園寺の石像のことが書かれていた。
 抜粋する。

 寺の住職に由来を尋ねると、「戦前か戦中に付近の山にあった4体をこの寺に運んだと聞いている。2体は市立郷土博物館に移した」とのこと。
 引き続き2駅先の調布市立郷土博物館に向かった。年配の職員に由来を聞くと、「昭和49年にこの博物館はできた。そのとき祇園寺から2体移設した。調布一体は昔は別荘地帯で銀行や企業の保養所がたくさんあった。祇園寺の住職から以前聞いた話だが、“付近の山”という所は今、北部公民館のある場所で池貝鉄工の別荘があった場所だ。そこで装飾用に置かれていた物であろうとのことだった。」という。4体が2体ずつに別れた事情は判明したが、最初の4体をいかにして入手・所有したのか不明のままである。

 近所の別荘の装飾用に用いられていたとは!
 深田氏によると、「日本の各地には半島から渡ってきたと思われる石人像や石羊などが数多く見られる。これら朝鮮石造物は王陵や士大夫の陵墓の前の墓守として建てられたもの」だという。
 士大夫とは文武官すなわち高級官僚のことである。
 石人像には文人像と武人像があり、「故人が文人であった場合は文人石像を、武人であった場合は武人石像を建てる」。
 文人像は冠をかぶり笏(しゃく)を手にし、武人像は鎧を着て刀を持っている。
 祇園寺の石像は明らかに文人像である。

 よもや朝鮮の墓守り人とは思わなかった。
 祇園寺の本堂裏手には墓地がある。半島からの渡来人ゆかりのお寺という点も合わせて、二重の意味でふさわしい場所に移設されたわけである。
 驚いた。

 深田氏の『朝鮮石人像を訪ねて』は、2008年9月から2022年7月まで同機関誌に連載されていた。
 全75回である。
 驚くべき知的好奇心と研究熱心さ、そして各地を取材するフットワークの軽さ。
 ソルティも定年後はかくありたいものである。
 記事のアップロードに感謝!

秩父巡礼4~5日 133
無窮花(むくげ)

 同記事を読んで、はっと胸を射抜かれ、考えさせられたことがあった。
 なぜ日本にこれほど多くの朝鮮石造物があるのか。
 それは日本が朝鮮を占領していた時代(1910~1945)に、日本人が朝鮮半島から工芸品や文化遺産を略奪し持ち帰ったからである。
 その数は、少なくとも100,000点に上るという。
 たとえば、初代朝鮮総督の寺内正毅は、書画1855枚、書物432冊、2000に及ぶ工芸品を集め日本に持ち帰った。
 大英帝国がインドやアフリカの植民地から数々の財宝を力づくで奪い本国に持ち帰ったのとまったく同じことを、大日本帝国もやっていたのである。
 当時の富裕層は、そうした略奪品を植民地の役人や民間収集家から買い取り、自らの屋敷や別荘に飾ったのであろう。
 胸糞悪い話であるが、これまで考えたことなかった自分にも腹が立った。

 日本人の所有者の中には後になって、自らのコレクションを韓国に返還した立派な人もいる。
 上記記事によれば、2001年7月には三重県に住む会社経営者である日下守氏が、所有していた約70点の石造物を韓国に返還したことが、米TIME誌に掲載された。
 また、日本に現在ある朝鮮石造物のすべてが略奪されたものというわけではなく、正当なルートで購入・譲渡されたものや、戦後インテリアとして新たに国内で造られたものもあるようだ。

 文字が刻印されていないこれらの石像は、故郷を離れると由来が分からなくなってしまうのが普通。
 おそらく祇園寺の石人像もまたその一つであるが、使命ある持ち場(墓)から連れ去られ、海峡を越え、人から人の手に渡った最後に、ここ祇園寺――古代朝鮮半島からやって来て調布を拓き、数々の技術を日本に伝えた渡来人が眠る寺――に安息の地を得て本来の使命を果たしているわけで、その不思議な因縁は、深大寺の国宝・釈迦牟尼仏の来歴に勝るとも劣らない。


朝鮮石人像(秩父美術館)
秩父美術館にある朝鮮石人像
文人(左)と武人(右)
やっと正体がわかった!



















● トランス波、襲来!? 『装いの力 異性装の日本史』展(松濤美術館)


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 コロナ世になってはじめての渋谷。
 ミキ・デザキのドキュメンタリー映画『主戦場』を見に行って以来だから、3年ぶりか。
 あれから日本の政治状況はずいぶん変わったが、渋谷駅周辺の変わりようにもぶったまげる。
 来るたびに新しい高層ビルが増えていく。
 渋谷交差点の四方八方から押し寄せる人波と、波をかき分けて進む船の舳先のような109ビルのたたずまいは、相変わらずであった。

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渋谷駅ハチ公口

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渋谷交差点と109ビル

 109の右側の坂を上がって東急デパートの左手の道を10分ほど歩けば、渋谷区立松濤(しょうとう)美術館に着く。
 今日は、9/3から開催されている上記の展示が目的。
 ちょうど三橋順子『歴史の中の多様な「性」』を読んだばかりで、グッドタイミングであった。
 今回の展示は「多様な性」の中でも、とくにトランスジェンダーに焦点を当てたものと言うことができる。
 新しい奇抜なモードの発祥地であり、LGBTパレードが毎年開かれる渋谷という街に、まさにピッタリの催し。
 土日は予約が必要なほど混みあうらしいが、ソルティが行ったのは平日の昼間だったので、存分に見学することができた。
 が、それでも館内の人の列は途絶えることなかった。
 トランス波、来てる~!


 闘いにあたって女装したヤマトタケルや武装した神功皇后の逸話がある神代の昔から始まって、王朝時代の男女入替え譚である『とりかえばや物語』やお寺の稚児さん、木曽義仲の愛妾にして女武士・巴御前、江戸時代の若衆(陰間)や歌舞伎の女形、村の祭礼における男装女装の習俗、そして文明開化から現代までのトランスジェンダーの歴史が、絵巻物のように紐解かれる。
 絵画あり、古文書あり、写真あり、武具や衣装あり、マンガや動画あり、オブジェありのバラエティ豊かな展示であった。

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2階フロアのオブジェ
現代のトランスジェンダーたち

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 マンガの例としては、手塚治虫『リボンの騎士』のサファイア、池田理代子『ベルサイユのばら』のオスカル、江口寿史『ストップ‼ ひばりくん ! 』が挙げられていた。
 どれもTVアニメ化されるほどの人気を得た。
 自分が幼い頃から異性装アニメを普通に観て育ってきたことに、今さらながら気づかされる。(付け加えるなら『マジンガーZ』のアシュラ男爵・・・)
 それはなるほど我が国の庶民レベルでのトランスジェンダー“表現”に対する寛容度を示すものに違いない。
 が同時に、日常空間におけるジェンダー規定の厳格さをも意味しているのだと思う。
 つまり、男と女の差がきっぱりと分かれている社会だからこそ、そこを越境する主人公の非日常的振る舞いが視聴者を惹きつけるドラマになり、感動を呼び得るのである。

 非日常を許容する日常、あるいは非日常(ハレ)によって刷新される日常(ケ)――みたいなものが日本文化の伝統として、また社会維持の仕掛けとして、存在したんじゃないか。トランスジェンダー的なものはその触媒として働いたんじゃないか、と思う。
 
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おすすめ度 :★★★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損


 
 

● 王家の紋章 映画:『冬のライオン』(アンソニー・ハーヴェイ監督)

1968年イギリス、アメリカ
137分

 原作はジェームズ・ゴールドマンの戯曲。
 12世紀のイングランド国王ヘンリー2世(1154-89)を主役とする歴史劇。

 権謀術数と暗殺と戦闘シーン満載の派手な歴史大作かと思ったら、なんのことはない、ヘンリー2世一家の家族ドラマだった。
 ヘンリー2世と妃エレノアの間に生まれた3人の息子リチャード、ジェフリー、ジョンに、フランス国王フィリップ2世やヘンリーの愛人アレースが絡んで、愛と不信と欲とプライドが錯綜するハタ迷惑な家族バトルが勃発する。
 まあ、もともとブロードウェイの舞台にかかっていたのだから、このくらいのサイズが順当であった。

 とは言え、夫婦喧嘩や兄弟喧嘩が『渡る世間は鬼ばかり』のような単なる内輪もめで終わらないところが、支配者の支配者たるゆえん、王家の王家たる宿命である。
 たとえば、兄弟のうち誰が一番親に愛されるかは、庶民の家庭ならせいぜい遺産相続のトラブルで済む話だが、これが王家だと誰が次の国王(=支配者)に指名されるかという、国家の未来と国民の運命を左右する大問題となる。
 同様に、夫が糟糠の妻を捨てて若く美しい愛人に走るのは、庶民レベルなら家庭裁判所での愁嘆場(または修羅場)くらいの話で済むが、これが国王夫妻ともなると、ローマ法王の許可が必須な宗教問題へと発展する。
 広大な領地と巨額な財産と圧倒的な権力は得られても、あたりまえの普通の家庭の幸福は絶望的に得られない一家の悲喜劇が描かれている。
 
 まあ、とにかく出演者の面々が豪華極まる!
 ヘンリー2世には『アラビアのロレンス』、『ラストエンペラー』のピーター・オトゥール、王妃エレノアには米国アカデミー主演女優賞を4回も獲得しているキャサリーン・ヘップバーン、リチャード王子には『羊たちの沈黙』、『日の名残り』のアンソニー・ホプキンス、フランス国王フィリップには第4代ジェームズ・ボンドとなったティモシー・ダルトン。
 アンソニー・ホプキンスは本作が映画デビューで、当時31歳。なんと同性愛者の王子という設定である(実際のリチャード1世がゲイであったかどうかは不明)。
 つまるところ、本作の見どころのすべては名優たちの演技合戦に集約される。
 とりわけ、ピーター・オトゥールとキャサリーン・ヘップバーンの共演シーンでの斬るか斬られるか丁丁発止の応酬は、スリリングかつユニークであると同時に、西洋演劇における高度の演技術の模範とも言えよう。
 
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キャサリーン・ヘップバーンとピーター・オトゥール

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アンソニー・ホプキンスとティモシー・ダルトン
2人はかつて男色関係にあったという設定である


 ところで、『冬のライオン』とは晩年のヘンリー2世という意味で、彼がイングランド王室紋章にライオンのデザインを採用したことによる。
 これが現代の英国国王の紋章にも受け継がれている。
 
イングランド国王紋章(ヘンリー1世)
ヘンリー1世時代の紋章

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現在の紋章
エリザベス2世の冥福を祈る



おすすめ度 :★★★

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