1935年原著刊行
2012年創元推理文庫
「赤後家」とは何のことかと思っていたら、「赤い(血塗られた)+後家(未亡人)」、英語ならred widow、フランス語なら la veuve rouge という隠語が示す、恐ろしき器具のことであった。
ギロチンである。
先祖代々、赤後家部屋すなわちギロチン部屋と呼びならわされている“開かずの間”において、客として呼ばれたヘンリ・メルヴェル卿はじめ屋敷の住人たちの目の前で起こる密室殺人。
犯人はどこから部屋に入って、どうやって殺人を行い、どうやって立ち去ったのか?
カーお得意の不可能犯罪である。
犯人はどこから部屋に入って、どうやって殺人を行い、どうやって立ち去ったのか?
カーお得意の不可能犯罪である。
その部屋がギロチン部屋と呼ばれるようになったのにはもっともな理由があって、過去に一人っきりでこの部屋にいた4人が謎の死を遂げているからであり、さらには、この屋敷に住む一族がフランスの有名な処刑人サンソン家の血を引いているからである。
死刑執行人の家系であったサンソン家の存在はまぎれもない史実。
死刑執行人の家系であったサンソン家の存在はまぎれもない史実。
とくに4代目当主シャルル=アンリ・サンソン(1739-1806)は、フランス革命に際して、ルイ16世と王妃マリーアントワネットはじめ、ダントン、ロベスピエール、シャルロット・コルデーらの首を刎ねたことで知られる。
残虐な男のイメージを持たれがちだが、アンリ・サンソン自身は死刑廃止論者、しかも王党派だったという。
自分が嫌なことでも仕事ならやらねばならない。
ドイツならシュミット家の例にも見るように、家業は継ぐものという時代だったのである。
赤後家部屋の由来や血塗られた歴史が、登場人物の一人によって語られる部分が興趣深い。
歴史オタク、怪奇オタクだったカーター・ディクスンの面目躍如。
人を殺す部屋という発想や冒頭の謎の提示の仕方はさすが巨匠の腕前、ぐんぐん引き込まれた。
が、そこをのぞけば、小説としての出来は良くない。
登場人物の描き分けが中途半端なため誰が誰なのか曖昧になって、途中何度も扉裏の登場人物表に立ち戻ることになった。もっとも、ソルティの記憶力の低下のためかもしれないが。
構成もずさんで、次から次へと話が展開するため、読むほどに混乱し、いらいらするばかり。
メルヴェル卿の独善とわがままに振り回されるマスターズ警部同様、読者も鼻面をあちこち引き回されて、じっくり推理の筋道を見つける暇がない。
明晰な語り口の欠如という、カーター・ディクスンのミステリーの欠点がここに集約されている。
事件の時系列や各々のアリバイや証拠や証言といったその時点で分かっている事実をきちんと整理して読者の前に呈示し、解明すべき謎がどこにあるのかリスト化することによって、読者が事件全体を概観し、容疑者一人一人について犯行の動機と機会を検討し、真犯人やトリックを自ら論理によって推理する――本格推理小説ならではの楽しみを与えてくれないのである。
だから、最後にメルヴェル卿によって差し出されるトリックの解明には、催眠術師による目くらましを喰らった気分にさせられる。
見事に引っかけてくれたことの快感とはほど遠く、詐欺にあったようなすっきりしない気分で読み終わる。
メルヴェル卿なりフェル博士なりに、ホームズにおけるワトスン、ポワロにおけるへイスティングズのような客観的な記録者を相棒として付ければ、この欠点は回避できたのにと思う。
逆に言えば、明晰な語りをあえて取らないことで、読者を煙に巻いている。
物語が面白ければ、その欠点はある程度まで許容の範囲と思うけれど、本作は読者の心理を無視し過ぎ。
物語が面白ければ、その欠点はある程度まで許容の範囲と思うけれど、本作は読者の心理を無視し過ぎ。
これが名作と言われるのは腑に落ちない。
おすすめ度 :★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損