2022年4月16日放映
2023年2月12日再放映
90分
●スタッフ&キャスト
島村 高橋一生
駒子 奈緒
葉子 森田望智
行男 高良健吾
師匠 由紀さおり
脚本 藤本有紀
演出 渡辺一貫
最初の放映時は見逃した。
先週日曜日(2/12午後)になんとなく気になって録画しておいたのをあとから観たら、これが大当たりであった。
こういう野心的な作品を時たま放つから、なんだかんだ言って、NHKって馬鹿にならない。
いまや民放では、残念ながら、この水準のドラマを作れなくなった。
脚本、演出、美術、撮影、演技、さまざまな点で・・・。
親の遺産のおかげで無為徒食の暮らしができる島村が、旅先の雪国で出会った芸者・駒子とつかの間の情事にふける。
虚無感にとらわれ情熱をとうに忘れた中年の男が、ひたむきに生きる若い駒子や葉子の火のように物狂おしい生に幻惑され、そこに一瞬の「美」を見る。
まさに一篇の詩のような小説である。
これまでにソルティが映画やテレビで観てきた『雪国』は、ほぼ原作どおりの筋書きをそのまま映像化していた。
世界的文豪の名作をそう好き勝手にアレンジできまい。
最後の映像化は、1989年の古手川祐子主演のテレビドラマであった。
1989年とは、昭和の終わりであり、平成の始まりである。
『雪国』も昭和と共に雪に埋もれたのである。
それから33年、バブルがはじけ、平成が過ぎ去り、令和の世となって、かつてのような“雪国”らしい雪国は日本の国土から消えた。
蒸気機関車が新幹線となり、国境の長いトンネルも一瞬で通過する。
芸者が旦那に水揚げされて囲われる文化も衰退した。
昭和は遠くなりにけりだ。
いまさら『雪国』を掘り起こす意味はどこにあるのか?
流行りの昭和懐古か?
「男は男らしく、女は女らしく」あった時代を取り戻そうというNHK内保守派の策略か?
本作の前半は、89年までの『雪国』同様、原作どおりの展開である。
とくに新奇なところもなく、島村と駒子が出会うシチュエイションも、2人の交わすセリフも、島村が駒子を語るモノローグも同じである。
つまり、島村目線(川端目線と言ってもいいだろう)の物語が紡がれる。
「恋愛も人生も徒労、すべては徒労」といいつつ、気の向くまま雪国を訪れては、己の欲望のままに駒子を抱く妻帯者・島村の目にとって、駒子や葉子の突飛な言動や2人の奇妙な関係は理解の外である。
それは謎となって、島村を引き付ける。
男には到底理解できない“おんな”の謎があるらしい。
それは着物の帯を解くようには簡単には解けない。
後半はその謎の種明かしである。
島村は駒子が少女の頃からつけてきた日記を読んで、雪の下に隠されていた真相にはじめて触れる。
島村目線の前半では視聴者にも解けなかった謎が、駒子目線の後半でついに明らかにされる。
つまり、本作は一種のミステリーとして作られているのである。
すべての謎が明かされたそのとき、おそらく視聴者(とくに男の)は、島村が受けたのと同様の衝撃と恥を知るだろう。
『雪国』が令和の現在、制作されたことの意義を知るだろう。
Marianna OlefyrenkoによるPixabayからの画像
着眼点と脚本が素晴らしい!
脚本の藤本有紀(1967年生まれ)の名は初めて知ったが、NHK大河ドラマ『平清盛』や朝の連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』を手がけた人とのこと。
近松門左衛門の生涯を描いたNHK木曜時代劇『ちかえもん』で向田邦子賞を受賞している。
おそらくは、男女雇用機会均等法(1986年施行)以後に社会人となったものの、テレビ業界のぶ厚い「オッサンの壁」と闘ってきた人なのだろう。
ついに、令和を生きる自立した女性ならではの視点で、昭和の名作に物申した。
それができるくらいの実力を身に着けたのである。
あっぱれ!
島村役の高橋一生は、前半、気障で自己中のとても嫌な感じのインテリ親爺に扮し、演出もまたその線で彼を捉えている。
いくらなんでも、この島村は原作から離れているよなあ、カッコ悪いよなあと思っていたら、後半でそこが狙いだったと判明する。
つまり、高橋はちゃんと藤本の脚本および作品の世界観を理解し、テーマが効果的に浮かび上がるよう演じていたのである。
駒子役の奈緒は、蒼井優似の清潔感ある女優。
強さと脆さをあわせ持った、哀しいまで健気な駒子を演じている。
ウィキによると、尊敬する女優が田中裕子だという。
なるほど、『天城越え』の田中裕子を想起させるシーンがあった。
熱演である。
葉子役の森田望智、どこから見つけてきたのか、はまり役である。
この葉子という少女がいったいどういった存在であるのかが、本作における一つのポイントである。(原作ではなんだかよく分からないまま、駒子に「気ちがい」呼ばわりされ、火事で被災する)
駒子の芸の師匠役として由紀さおりが出ているのも嬉しい。もちろん名演。
雪に埋もれた村の美しさや、駅舎やお蚕部屋や旅館など古い田舎の建物のゆかしさを掬いとった演出と撮影も素晴らしい。
同じ川端康成原作で山口百恵主演の『伊豆の踊子』のラストシーンでも匂わされていたが、男たちの夢見る美しい女人幻想の陰には、身分差別や職業差別や女性差別に押し潰された貧しい女たちの声なき悲鳴がある。
それを温存させている社会構造こそが、長い長いトンネルである。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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