2021年早川書房
唐木田みゆき 訳

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 文庫で570ページを超す分量なので、読み始めるのに気合いが要った。
 最初の1/4くらいまで遅々として進まない展開に投げだしそうになったが、1/3を過ぎたあたりから俄然面白くなって、残り半分になってからは一気読み。
 結局、丸一日で読み終えた。
 
 犯人はあらかじめ分かっているので、謎解きミステリーとは違う。
 犯人は語り手である「わたし」であり、その最愛の妻ミリセントである。
 夫婦で協力して連続女性殺しを実行している息の合ったカップル。
 ミリセントは賢く美人でスタイル良く、やり手の不動産仲介業者で、料理が得意でやりくり上手。
 「わたし」はカントリークラブのテニスコーチで、家事も子育てもあたりまえに手伝う39歳の好男子。
 2人には我が身より大切な思春期の息子と娘がいる。
 もちろん、子供たちは両親のやっていることを知らない。
 
 一家は裕福ではないものの立派な住宅で不自由のない暮らしを送り、朝晩は4人揃って食卓を囲み、毎週末には一緒に映画を観るような、絵にかいたような幸せな家庭を築いている。
 夫婦が手を染めている犯罪の酷さ――誘拐、監禁、拷問、殺人、死体遺棄――と、この一家の平凡にして安らかな日常風景の対比が、なんともエグイ。
 拉致した相手を熱湯で拷問し身体を切りつける人間が、自らの子供の思春期ならではのちょっとした非行に頭を悩ませるアンバランス。

 あとがきで訳者が、本作を「ドメスティック・スリラー」と呼んでいるのは絶妙。
 犯人「わたし」の視点・立場からストーリーを追ってきて「わたし」の味方になりつつある読者にとって、本作のもっともスリリングなところは、犯人=「わたし」夫婦の正体がばれて警察に捕まることである以上に、幸福を築いてきた一つの家庭が崩壊する怖さにある。
 夫婦が警察に捕まって、化けの皮がはがれて、真実を知った子供たちが傷つくことになるのが、一番怖い。
 自分の親が世間を恐怖に陥れる連続女性誘拐拷問殺人の真犯人であり、稀代のサイコパスであることをいきなり突きつけられるなんて、あまりに酷すぎる。
 しかも、犯人がはじめから分かっているにもかかわらず、本作にはどんでん返しが仕掛けられていて、その仕掛けは「わたし」を思わぬ窮地に追いつめる。
 結末は、「わたし」にとっても、子供たちにとっても、これ以上にない最悪の体験となる。
 この家族が再生することを祈るばかり。

 原題はMY LOVELY WIFE 
 映像化の話もあるようだ。





おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損