2022年東映
119分

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 全国水平社創立100周年記念として作られた。
 水平社(部落解放同盟の前身)は、1922年(大正11年)3月3日に京都で生まれた。
 島崎藤村『破戒』は、それに先立つこと18年前の1906年(明治39年)の発表である。
 「蓮華寺では下宿を兼ねた」という冒頭の一文は、川端康成『雪国』や夏目漱石『吾輩は猫である』と並び、もっとも有名な日本近代小説の書き出しであろう。
 のちに「丑松思想」と名付けられた結末は、当の解放同盟からも批判の矢を浴びたと記憶しているが、部落差別をテーマにした長編小説で本作と並び得るほど当事者の心情を描き出し、しかも大衆人気を獲得したものは、住井すゑ著『橋のない川』のみである。
 関係者が、原作の結末を大きく改変してまで、100周年記念に選ぶのも道理である。

 『破戒』は過去に2回(1948年木下恵介監督、1962年市川崑監督)映画化されている。
 実に60年ぶり。 
 昭和の名匠・巨匠を引き継いでの、部落をめぐる状況が1960年代とは大きく変貌した令和現在の再映画化に、期待と不安半々で鑑賞した。
 結果的には、実に素晴らしい作品に仕上がっていた。
 脚本、撮影、演出、演技、美術などいずれも質が高く、非常に丁寧につくられていて、見ごたえがあった。
 部落差別という、長いことメディアにあってタブー視され、扱いの難しくなってしまったテーマに真正面から向き合い、教条主義にも不自然なお涙頂戴にも堕することなく、抑制の効いた細やかな演出と自然風物を映した美しいカット割りのうちに、差別の酷さ及び部落民として生まれた一人の青年の苦悩と勇気と気高さと希望とが描かれている。
 主人公瀬川丑松(間宮祥太朗)と志保(石井杏奈)との「ロミオとジュリエット」ばりの恋愛ドラマの要素、親友であり同僚教師である土屋銀之助(矢本悠馬)との友情ドラマの要素、木下恵介監督『二十四の瞳』を想起させる教師と子供たちとの交流を描く教育ドラマの要素、そして日露戦争という背景に絡ませて唱えられる「令和のいまに繋がる」ナショナリズム批判と反戦・平和への思い・・・・。
 これらの要素がバランスよく配合され、娯楽映画としても、プロパガンダ映画としても、文芸映画としても、心に残る名品となっている。
 正直、涙なしで見られないシーンが多々あった。
 前田和男監督の名は初めて知ったが、器用な職人肌の人である。

 主役を演じる間宮祥太朗の美形ぶりは、木下惠介監督が重用した石濱朗を彷彿とさせる。
 石井杏奈の着物姿の凛とした佇まいも可憐で美しい。
 個人的には矢本悠馬にブルーリボン助演演技賞を与えたい。天性の役者である。
 蓮華寺の寺庭婦人役の小林綾子は、往年の大ヒットNHK朝ドラ『おしん』の少女役だった人。
 味のある上手い女優になっていた。
 住職役の竹中直人のキャラクターづくりは、もはや名人芸の域に達している。
 丑松の心酔する解放運動家・猪子蓮太郎(眞島秀和)のキャラには、水平社設立の発起人の一人であり『水平社創立宣言』の起草者である西光万吉が擬せられているように思った。 

白夜

 祥太朗が最初に出自をカミングアウトした相手は、親友の銀之助であった。
 驚愕の瞬間を経て、銀之助は事態をすんなり受け入れる。(ここは原作と異なる)
 校長にも話すつもりだという祥太朗の言葉を聞いて、友人の今後を心配してこう訴える。
 「もう隠したくないという君の気持ちは分かる。だがなにも自ら進んで打ち明けることはないさ。相手に聞かれたら、堂々と認めればいい。バカ正直に打ち明けることなんてないんだ」
 一瞬の沈黙。
 祥太朗は言葉を押し出す。
 「どうしてなんだろう? なぜ自分の故郷を語れない。なぜ好きな人に気持ちを伝えることができない。なぜ僕はこんなに苦しまなくちゃならないんだ」
 
 ソルティは高校一年の時に『破戒』を読んだ。
 当時はまだ自分がゲイであるという自覚がなかったので、本作がいかに自らと深いかかわりを持つ作品であるか、よく理解し得なかった。
 大学時代に再読したとき、主人公丑松の気持ちが痛いほど分かり、またそれを(おそらくは部落当事者ではないのに)描き出すことができた島崎藤村の作家としての凄さを実感した。
 誰にも言えない秘密を抱える苦しみ、なんてことない日常会話においても「バレないように」神経をとがらせなければならないストレス、飲み会やメディアの中で嫌悪やからかいをもって繰り出されるホモ差別の言動、(前向きな)仲間や大人モデルを見つけることの難しさ、好きになった同性に好きと言えない辛さ、友人と恋バナや猥談のできない鬱屈、嘘をつき続けることの罪悪感、何よりも自分自身を愛せないことの害・・・・e.t.c.
 丑松はもう一人の自分であったし、いまでも自分の中に住み続けている。

 本作は、部落差別をテーマとしながらも、ソルティのようなLGBTであるとか、在日コリアンであるとか、性犯罪被害者であるとか、HIV感染者であるとか、元受刑者であるとか、簡単に人には言えないような秘密を抱え、世間の差別や蔑視におびえ苦しむ人々の境遇や心情を描いた一種の社会派ドラマであり、マイノリティに勇気と希望を与える応援メッセージでもある。
 丑松の希望とプライドを感じさせる結末への改変に、原作者である藤村も、よもや文句は言わないだろう。

 本作は静かで熱い感動を呼び、全国に上映館が広がり、ロングランヒットとなった。
 謹んで水平社創立100周年を祝したい。

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SharonによるPixabayからの画像



おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損