2022年青春出版社

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 クラシック音楽と言うと、「上品ぶったスノッブの人間が信奉する退屈で古めかしい音楽」というイメージがまとわりついている。
 「好きな音楽は?」と人に聞かれて、ユーミンとかサザンとかK-POPとかラップとかレゲエとかミュージカルと答えるのは、たとえ相手がその音楽を好きでないとしても、答えとしては「セーフ」であるが、クラシックあるいはオペラと返すのは「アウト」という感がある。
 その答えを告げた瞬間、相手が同じ趣味を持っていない限り、距離を置かれてしまうような気がしてしまうのだ。 
 で、ジャズという答えは微妙な位置にある。
 被害妄想?
 錯覚?

 そんなふうに思ってしまうのは、おそらく、義務教育の音楽の授業でクラシックを「お勉強」として習ってしまったせいじゃないかと思うし、音楽室の壁にずらりと並んだ楽聖たちの厳めしい肖像画が、校長室の壁に掲げられた歴代の学校長の顔写真の列を思わせたからではないかと思う。(両者のヘアスタイルはほぼ正反対であるが)
 昭和時代の恋愛映画や少女漫画によくあるシーンで、お見合いの席で仲人に趣味を問われた男性側が、「僕はクラシック音楽を少々」などと答えた日には、「上流を鼻にかける野暮で堅苦しい優等生」と相場が決まっていて、無理やりお見合いの席に駆り出された主人公である若き女性から鬱陶しがられるのがオチであった。(そのあと若き女性は偶然ロック好きのイケメンと出会う)
 あるいは、『ドラえもん』に出てくる骨川家のリビングのイメージが強かったからかもしれない。

 かくいうソルティも20代初めまでは、クラシックについて、あまりいいイメージを持っていなかった。
 突破口となったのは、洋画であった。
 感動した洋画のBGMにクラシックが効果的に使われていて、「誰のなんという曲だろう?」という興味からレコードやカセットテープを探し、次第にクラシックに親しみを覚えるようになった。
 キューブリック監督『2001年宇宙の旅』の「ツァラトゥストラはかく語りき」や「美しく青きドナウ」、ヴィスコンティ監督『ベニスに死す』の「マーラー交響曲第5番アダージョ」、フェリーニ監督『そして船は行く』の「運命の力」序曲、コッポラ監督『地獄の黙示録』の「ヴァルキューレの騎行」、ジョン・ブアマン監督『未来惑星ザルドス』の「ベートーヴェン交響曲第7番第2楽章」、オーソン・ウェルズ監督『審判』の「アルビノーニのアダージョ」、ジェイムズ・アイボリー監督『眺めのいい部屋』の「ジャンニ・スキッキ」・・・e.t.c.
 とりわけ、20代のソルティがもっとも好んだヴィスコンティ作品には、クラシック音楽、中でもワーグナーやヴェルディのオペラがよく使われていて、豊穣なるクラシック世界への扉を開いてくれた。

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筋金入りのワグネリアンだったルードヴィッヒ2世が築いた
ノイシュヴァンシュタイン城

 現代では、静かなリビングでアフタヌーンティーでも飲みながら、あるいは×万ドルの夜景を見下ろすホテルのラウンジでワイングラスを傾けながら、あるいは立派なコンサートホールの柔らかいシートにちょっと着飾った身を埋めながら、上品で贅沢な娯楽の一つとして愉しめるクラシックであるが、本来、クラシックほど過激な音楽はなかった。
 その過激さたるや、ロックやラップやヒップホップの比ではない。
 革命の導火線に火をつけ、民衆を街頭デモへと駆り出し、独立を欲する被占領民の気概を奮い立たせ、国王が某音楽家に傾注したため一国を財政破綻に招き、某音楽家に感化された独裁者が地上から一つの人種を滅ぼそうと画策し・・・・。
 世界史の要所要所において、決して無視できない駆動装置なり起爆剤なり動機づけとなったのが、クラシックだったのである。

 本書は、クラシック音楽が勃興する17世紀から現代に至るまでの、時代時代の有名音楽家と世界史との関連が語られている。
 取り上げられる音楽家は、バッハ、ヘンデル、モーツァルト、ハイドン、ベートーヴェン、ロッシーニ、ウェーバー、ショパン、メンデルスゾーン、ヨハン・シュトラウス父子、ヴェルディ、オッフェンバック、ワーグナー、ブラームス、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、スメタナ、プッチーニ、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチ、カラヤンなど。
 こういったリアルで残酷でドラマチックな世界史のレクチャーと共に作曲家の半生なり楽曲なりが取り上げられたら、音楽の授業ももっと面白いものになるのになあ・・・。

 音楽家の生きた時代や世相、曲の生まれた背景を知ることは、必ずしもその曲を鑑賞するのに必須ではない。
 いい音楽は時代をも地域をも超越する。
 けれど、曲を作った音楽家の肉声を聞きとりたい、表現したいと願う人にとっては、世界史を知ることは欠かせないであろう。






おすすめ度 :★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損