2022年三五館シンシャ発行、フォレスト出版発売

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 今回の「日記シリーズ」は、住宅展示場でよく見かける営業マンの体験談&内幕暴露である。
 1970年生まれの著者は、大手消費者金融に勤めた後、35歳のときローコスト住宅メーカー「たまごホーム」に転職、福島県の営業所に配属され、10年間で120件におよぶ住宅建築に携わった。
 妻と二人の子持ちである。

 ソルティは家を買ったことはないし、買おうと思ったこともない。
 住宅展示場に足を踏み入れたこともない。
 もちろん、不動産や建築関係で働いたこともない。
 なので、まったく知らない遠い世界の話であり、興味深く、かつ面白かった。
 自分が「絶対に働けない、働きたくない」ようなところで働いている人を見ると、感心やら驚きやら憐憫やらの入り混じった不可解な気持ちになるものだが、逆の立場からすれば、ソルティが働いてきたような低収入の福祉NGOや介護職なんかも、「なんでわざわざそんな仕事を選ぶかね?」と不可解に思われることだろう。
 人それぞれ、関心や得意不得意や性格や人生観が違うからこそ、この世にさまざまな職が成り立ち、持ちつ持たれつ社会は回る。
 うまくできている。

 さて、内実はよく知らないながらも、住宅営業は売上げノルマに縛られるブラックな世界だろうとは思っていた。
 まさにそのとおりであった。
 男ばかりで潤いや安らぎのない、イジメやパワハラの横行するマッチョな職場。
 上からの命令は絶対の軍隊のようなピラミッド組織。
 徹底的な成果主義。
 有名無実化している労働基準法。
 使い捨てされる社員。
 社員同士の足の引っ張り合い。
 顧客のクレームに振り回される日々。

 数回あっただけの相手に数千万円の契約をさせるのは、会社の信用性もさることながら、担当営業マンへの信頼がなければ成し遂げられない。
 営業マンの人間性などはどうでもいい。あくまでお客の目に映る営業マンが信頼に足るかどうか。そういう意味で住宅営業マンはお客の前で理想の人間を演じ続ける“一流の詐欺師”でなければならないのだ。

 気になる給与面だが、著者の場合、「固定給22万円に歩合給がつく。歩合は、契約金額の1.2%を、着工時・上棟時・完工時と3分割で支給され」たとのこと。
 たとえば、3000万円の契約を取ると、36万円が歩合として懐に入る。
 この計算だと、年収1000万円を超えるには736万円の歩合給が必要であり、そのためには約6億1千3百万円の契約を取ってこなければならない。
 ひと月平均5000万円以上。ローコスト住宅なら4~5件の成約か。
 よっぽどやり手の営業マンが我武者羅に働かなければ、達成できるものではない。
 実際、著者の勤めた営業所でトップクラスの成績を誇った47歳の営業マンは、あまりの過労とストレスで急性心筋梗塞を起こし、妻と3人の子供を残して亡くなったという。
 しかも、亡くなったのは、なけなしの休日に強制的に狩りだされて参加した会社主催のソフトボール大会の翌朝のこと。
 遺族は会社相手に裁判を起こしたらしい。
 家族のためとはいえ、こんな働き方をしてはいけない。
 こんな働き方をさせてはいけない。

 一番びっくりしたエピソード。
 2011年3月11日に東日本大震災が発生した時、数キロ離れたところで家屋が倒壊し津波による甚大な被害が発生しているにもかかわらず、「本社から指示がないから」夜9時まで営業し続け、翌12日に40キロ離れたところにある福島第一原発が爆発しても社員を避難させなかった。
 14日に2回目の爆発が起きてやっと「店長判断で」営業所を閉めて避難したそうだが、後日そのことが問題視され、東北ブロックの本部長から「許可なく勝手に職場放棄した」と叱責を受けたという。
 まるで戦時中の大日本帝国ではないか。
 どうかしてる!
 こんな会社に、家族が安心して住めるホームを作る資格などない!

マイホーム

 著者は10年間勤めたところで精神的にも肉体的にも限界を迎えバーンアウト、退職せざるをえなくなった。
 35年で組んでいた自らの家のローンが返済できなくなって、家を手放さざるをえなくなり、一家は離散する。
 “一流の詐欺師”となってマイホームを売りさばいてきた住宅営業マンが、自らのホームを失うという悲喜劇。
 結末がどうなるかはここには書かないが、本書は2011年の福島を舞台とするホームドラマに脚色し、TVドラマ化あるいは映画化したら、かなり面白いものになると思う。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損