2020年
124分

 フォーリーブス、郷ひろみの頃から、「ブラウン管を通して」ジャニーズ事務所の歴史に立ち会ってきたソルティにとって意外だったのは、アイドル男性歌手の巣であるジャニーズ事務所から息長く活躍するすぐれた役者が次々と輩出されたことと、SMAPの中でもっとも演技において秀でていたのが草彅剛だったことである。
 前者では、草彅、岡田准一、二宮和也がジャニーズ出身三大演技派であろう。
 岡田准一は、現在放映中のNHK大河ドラマ『どうする家康』の織田信長役で圧倒的な存在感を放っていて、同じ年齢時の渡辺謙の風格を思い起こす。
 二宮和也はイーストウッド監督『硫黄島からの手紙』で主役に抜擢されて以来、豊かな感性とキャラクターへの自然な同化で、名優ぶりを証明し続けている。
 草彅については、TVドラマはいざ知らず、映画ではいま一つ代表作に欠けるように思っていた。
 『黄泉がえり』も『山のあなた 徳市の恋』も決して悪くはなかったけれど、草彅自身が本来持っている資質を十分には発揮できていないという感を受けた。
 つまり、まだ「生涯の一本と出会っていない」という感じ。
 
 草彅が次回作でトランスジェンダー女性を演じるというニュースを聞いたとき、「ああ、もしかしてついに・・・」と期待まじりの予感を抱いた。
 そう、ソルティはデビューの頃から草彅に“オネエ的資質”を見ていたのであった。(本人が実際にそうであるかどうかは別として)
 結婚して「一人前の男」のステータスを得て、ついに解禁か・・・・と意地悪く思ったり。

 予感は的中で、本作における草彅の演技は実に素晴らしい。
 素晴らしいを超えて、凄まじい。
 これまでの草彅の演技が「心の演技」だとしたら、本作のそれは「魂の演技」である。
 草彅剛という人間の全存在が、役に吸収され役を生きているかのような、仮面と素面が一つに溶け合ったかのような、主客合一に達している。
 おそらくその本質は「深い哀しみと透き通るような優しさ」。
 実際に新宿界隈で働くトランスジェンダーの日常のリアリティをどこまで写し取っているかはわからないが、少なくとも、一つのキャラとして画面の中で自然に息をして肉体を持って生きている。
 草彅以外にこの役をこれ以上見事にやれる男優が思い浮かばない。
 役者として、こういう役に巡り合えたのは最大の幸福であろう。
 
 トランスジェンダーの主人公が面倒を見ることになる親戚の少女を、新人の服部樹咲が演じている。
 “演じている”と言えるほどの演技ではない(ほとんどセリフがない)のだけれど、幼い頃からやっているバレエで身につけた表情と所作は魅力的で、実際のバレエシーンとなると目が離せないくらいの優雅さ。
 顔立ちは、デビューの頃の宮崎あおいに似ている。
 とにかく、草彅と釣り合うほどの存在感はあっぱれ。
 将来が楽しみな女優である。

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草彅剛と服部樹咲
 
 内田英治監督の絵づくりはセンスを感じさせるし、渋谷慶一郎の音楽もいい。
 他の役者たち、とくにバレエ教室の先生役の真飛聖と、少女の母親役の水川あさみの「こんな人、近所にいそうだな」という自然な演技は、作品にリアリティをもたらしている。
 総合的には満足できる作品なのだが、「当事者が観たらどうかな?」という点は気になった。
 特に後半において。 

 結末があまりに悲惨、あまりに希望がない。
 本作がトランスジェンダーとその抱える問題を顕在化したというメリットは評価に値すると思う。
 が、観た人に「やっぱりトランスジェンダーに生まれたら不幸」と思わせてしまうような結末はいただけない。
 草彅=トランス女性というだけで話題性としては十分なので、「悲惨転じてそこそこハッピーエンド」にしたって同じくらいの興行的成功と映画賞的評価は得られたと思うのだが、なぜ主役をああいう極端なかたちで殺したのか?
 エクトール・バベンコ監督『蜘蛛女のキス』は85年の映画だ。
 あれから40年近く経っている。
 同じことを今さらやらなくても・・・。
 


 

おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損