2020年角川春樹事務所
2022年文庫化

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装画:日田慶治 装幀:鈴木久美

 貴志祐介の本はこれで6冊目(検索カテゴリーを立てた)。
 やっぱり面白い。
 奇抜なプロット、緻密なリアリティ、抜群のストーリーテリング。
 いったん読み始めたら、またたく間に作品世界に入り込んでしまい、寝不足必死になる。
 本書も22時半に、布団の中で寝落ちを目論んでページを開いたが最後、気がつけば深夜1時を回っていた。
 このまま読み続けたい。
 でも、明日の仕事が・・・。
 人と会う約束が・・・。
 生皮をはがすような決心で、しおりを挟んで、文庫本を遠くに放り投げた。 

 本小説をジャンル分けするなら、「スピリチュアル・バイオレンス・ミステリー・サスペンス」といったところ。
 スピリチュアル(精神世界)とバイオレンス(暴力)という、両立しそうもない分野が共存しているところに、貴志祐介らしさがある。
 しかも、貴志の描くバイオレンスは、ありきたりの暴力ではない。
 サディスティックで悪趣味な、読みながら身体の末端に痛みを感じるような暴力である。
 ソルティは、あまりに過激な暴力描写は好まないので、正直、途中でげんなりした。
 自らの性器を咥えたメキシコ人の活け造りとか、貴志祐介のファンの一角をなすであろうサイコパスマニアへの読者サービスとしても、下劣で趣味が悪い。
 もう一つのスピリチュアルという要素がなかったなら、その時点でソルティは離脱していただろう。
 
 そう、本書の一番の魅力は、前世すなわち輪廻転生をテーマにしているところ。
 場末のしがない探偵事務所所長である茶畑は、有名企業の正木会長から依頼を受ける。
 「私は前世で切り殺された。その犯人を突き止めてほしい」
 茶畑は内心それを、怪しげな占い師に洗脳された正木の与太話としか受け取らない。
 が、多額の報酬に釣られて仕事を引き受ける。
 正木をそれなりに納得させるエセ物語をつくるため、彼が語る前世について過去の資料を調べていくと、まさに正木が語った通りの出来事が史実として残っていた。
 これは偶然なのか?
 それとも、占い師が正木を操っているのか?
 だとしたら、いったい何の目的で・・・。
 
 そのうちに、茶畑も自分の前世としか思えない夢を見るようになる。
 すべてを見通すかのような瞳を持つ不思議な女性霊能者との出会いと謎の言葉、行く先々で起こるシンクロニシティ、目の前に次々と示されていく輪廻転生のしるし。
 一方、事務所スタッフの失踪事件に絡んで、幼馴染の暴力団員や日本でのコカイン販促を狙うメキシカン・マフィアなどが茶畑に接近し、周囲は暴力的な色合いを濃くしていく。
 身に迫る命の危険を知りながらも、茶畑は最早、輪廻転生の謎を突き止めずにはいられない。
 
 最後は、正木からの依頼も、メキシカン・マフィアと日本の暴力団との抗争も、探偵事務所の経営も、スタッフ女性とのお安くない関係も、すべての伏線が回収されぬまま打っちゃられて、輪廻転生の謎に飲み込まれてしまう。
 壮大なる宇宙意識の前には、人間の命や日々の営為や人類の歴史など、大海の一滴にも値しない。
 そのあたりの強引さというか、読者置いてきぼりのパラダイム変換は、諸星大二郎の『暗黒神話』を思わせる。
 一種の「夢オチ」とも言える漫画チックな結末は、小説としては、貴志の他の作品にくらべると不出来という声もあろう。
 だが、輪廻転生や唯識や非二元といったスピリチュアルテーマに関心あるソルティは、最後まで興味深く読んだ。
 本作で明かされる輪廻転生の仕組みに則れば、弥勒菩薩はすでに現世に生まれ変わっているのかもしれない。


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おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損