1998年角川書店
2000年角川ホラー文庫
本書を読み始めてまもなく、自室の本棚から、ひときわ大きく重たい一冊を抜き出した。
スミソニアン協会監修『地球博物学大図鑑』(東京書籍)である。
霊長類のページを開いて、ウアカリという猿を探した。
「あった・・・・!」
「あった・・・・!」
やはり、実物の写真はインパクトが違う。
「頭の禿げ上がった鮮紅色の奇怪な風貌から、現地では『悪魔の猿』と呼ばれている」という、文章による描写だけでは得られない迫真力がある。
実際に目の前にいきなり現れたら、ゾッとしそう。
本書の陰の主役は、このウアカリなのである。
未読の人のために、それが何かは記すべきでないだろう。
『クリムゾンの迷宮』、『新世界より』、『雀蜂』といった作品から、貴志祐介が動物や昆虫に非常に関心が高く、かつ詳しい人であることは分かっていた。
本書はその事実をさらに補強する内容で、よくぞまあ(文字通り)微細にわたり調べたものよと感心する。
徹底的な取材と正確な知識あって、つまりリアリティが学問によって担保されることで、貴志のホラー小説は、ただの怪談から“現実に起こりえそうな脅威”へと飛躍する。
なので貴志の読者には、ある程度の知的レベルが要求される。
本書も、生物学や精神医学やギリシア神話への興味と基本的な教養が前提として求められる。
本書も、生物学や精神医学やギリシア神話への興味と基本的な教養が前提として求められる。
そこが、ストーリーやキャラクターの面白さ、アイデアの卓抜さ、エログロやバイオレンスの猟奇性などに加えて言及されるべき、貴志作品の魅力であろう。
読み終わったとき、数学の難題をクリアしたような気分になる。
本書は25年も前の作品で、貴志作品の中でも評価が高い。
面白さは折り紙付き。
面白さは折り紙付き。
いまさら評するまでもないので、ちょっと別の視点で気づいたところを述べたい。
本書の主人公(人間側の主役)である北島早苗は、精神科医であり、ホスピスで働いている。
彼女がケアしているのは死を前にしたエイズ患者、つまりエイズホスピスなのである。
1998年とはそういう時代――エイズで死ぬ時代――だった。
ちょうどその頃から、機序の異なる複数の薬を併用するカクテル療法(多剤併用療法)が始まって、体内でのエイズウイルスの増殖を抑えることができるようになった。
以後、先進国ではエイズによる死亡率は劇的に下がっていく。
現在、エイズは死ぬ病気ではない。
90年代末とは、カクテル療法が間に合って生き延びることができた患者と、いろいろな理由から間に合わずに亡くなっていった患者の、生死を分ける分岐点だったのである。
早苗のホスピスには、性行為でHIV感染した患者のほか、薬害による患者もいる。
HIVが混入していた血液製剤を治療薬として使用したため、HIV感染してしまった血友病の男の子である。
血友病患者らが国相手に長らく闘ってきた薬害エイズ訴訟が和解し、厚労省が加害責任を認めて謝罪したのが、96年3月。
その後、血友病治療の権威である阿部英医師、血液製剤を製造・販売していた製薬企業、元厚労省の幹部らが逮捕された。
本書の書かれた当時、日本中が薬害エイズ事件で揺れていた。
貴志はビビッドな題材をとり入れたわけである。
さらに、エイズの起源として、アカゲザルという猿に寄生していたウイルスが、なんらかのきっかけで人に感染し、人の体内で変異を繰り返した結果、人から人へと感染する力を持つようになった――という説がまことしやかに唱えられていた。
刊行時に本書を手にとった人は、おそらくこの物語に、いま目の前にあるエイズの恐怖を重ね合わせて読んだことだろう。
ほかにも、電子情報保存媒体としてフロッピーディスクやMOが出てきたり、ネット接続するのに電話回線を使用したり、本書はあの時代を感じさせる囀りに満ちている。
これから読む若い世代には聞こえない囀りに・・・・。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損