今回も寄居町発行のハイキングガイドを手に歩いた。
東武東上線の男衾(おぶすま)駅を発着点とし、7つの寺を一筆書きでめぐるコース。
ちょっとした巡礼気分が味わえる。
ちょっとした巡礼気分が味わえる。
ガイド上では全長11.5kmと表記されていたので、見物&休憩入れて4時間半あれば回れると踏んでいたのだが、実際には6時間かかってしまった。
これは主として道迷いのためなのだが、実際の距離も13km近くあるのではなかろうか?
寄居町には再確認してもらいたい。
道は平坦だが、日陰のないアスファルト道のため、思った以上に疲弊した。
この日、気温27度まで達した。
● 歩行日 2023年4月20日(木)
● 天気 晴れ
● 行程
09:15 東武東上線・男衾駅
歩行開始
09:30 1昌国寺
09:45 2常楽寺
10:40 3普光寺
休憩(10分)
11:35 4高蔵寺
11:50 5今市地蔵堂
休憩(10分)
13:10 6長昌寺
昼食(40分)
14:30 7不動寺
休憩(20分)
15:15 東武東上線・男衾駅
歩行終了
● 所要時間 6時間(歩行4時間+寺見物40分+休憩1時間20分)
● 歩行距離 約14km(道迷い含む)
東武東上線・男衾駅
平日の昼間は人影がほとんどない。
1.昌国寺(曹洞宗)
徳川家康のいとこである水野長勝が創建
鐘楼はあったが、ほぼ廃寺の風情
境内の高野槇は町の天然記念物
樹齢約400年、高さ約25m
如意輪観音さま
右膝を立て、右手を頬に当てているのが特徴
2.常楽寺(真言宗智山派)
畑と木立に囲まれた静かな寺
寄居七福神の一つで、恵比寿さまを祀る
ここから崖を下って荒川土手を行く
青空の下、広がる畑がすがすがしい
「いざ、鎌倉!」
御家人たちが馬を飛ばした古道
このあたり(男衾郡畠山庄)は畠山重忠の領地だった
盆地の彼方に秩父・長瀞の山々が霞む
畑中の広々した境内が気持ちいい
昭和8年の農地開墾時に発見された板碑群
鎌倉街道往来中に病没した旅人を埋葬供養したものとされている
最古のものは文永2年(1265)、元寇の直前だ
御本尊の木造薬師如来は平安後期のものと推定されている
厄除け角大師のお札をいただいた
ここから畑中の道を行く
交差点に置かれた石碑群
百万遍(ひゃくまんべん)供養とは、疫病退散などの目的で、集落の人々が講を作り、「なむあみだぶつ」を百万回唱えること
寛政2年(1790)にこの土地で何かあったのだろうか?
街道沿いにはこのような石の蔵(大谷石?)が目立つ
何を保存したのだろうか?
4.高蔵寺(天台宗)
開基は、柳沢吉保の祖父・柳沢信俊
閻魔大王が祀られていた
こちらは十一面観音菩薩さま
新緑を背景に麗しい
不動明王
人の煩悩を焼き尽くし、清めてくれる
5.今市地蔵堂
ほぼ折り返し地点に到着
屋根の紋章が気になってズームしてみたら・・・
逆卍、すなわちハーケンクロイツ(鉤十字)ではないか!
思わぬところにあるものだ
木造の地蔵菩薩像は室町時代の作と伝えられる
高さ3m、玉眼を施してある
青々とした頭頂と黒衣が珍しい
子育て地蔵として地域の人に親しまれている
兒泉(こいずみ)神社
祭神はヤマトタケル
村の鎮守さまである
腕が多く、悪鬼を踏みつけている姿から、
大元帥明王ではないかと思われる
鎮護国家に霊験あり
6.長昌寺(天台宗)
場所がわかりづらく行き過ぎてしまったところ、同じように探している方と遭遇
一緒に探し回った(四国遍路を思い出す)
寄居七福神「寿老尊」の寺である
寿老尊と福禄寿はキャラがかぶっているので見分けが難しい
鹿を連れているのが寿老尊、鶴を伴っているのが福禄寿
と思ったら、逆の場合もある
単体の場合も多い
一般に、頭のひょろ長いのが福禄寿と思っていいようだ
藤棚の下のベンチで昼食、および20分の昼寝
安らぐなあ~
7.不動寺(真言宗智山派)
道を間違って30分のロスで最後の寺に到着
Googleで経路を確かめながら歩けばいいのだが・・・
それはつまらない
広い境内をもちながら、ひっそりしたお寺
ここで20分瞑想
やっぱり、あなたが呼んだのですね
帰りは小川町駅にある花和楽(かわら)の湯に寄る
店内は五月人形や鯉のぼりでいっぱい
今日も、おつかれナマでした!
平日の昼間は人影がほとんどない。
1.昌国寺(曹洞宗)
徳川家康のいとこである水野長勝が創建
鐘楼はあったが、ほぼ廃寺の風情
境内の高野槇は町の天然記念物
樹齢約400年、高さ約25m
如意輪観音さま
右膝を立て、右手を頬に当てているのが特徴
2.常楽寺(真言宗智山派)
畑と木立に囲まれた静かな寺
寄居七福神の一つで、恵比寿さまを祀る
ここから崖を下って荒川土手を行く
青空の下、広がる畑がすがすがしい
「いざ、鎌倉!」
御家人たちが馬を飛ばした古道
このあたり(男衾郡畠山庄)は畠山重忠の領地だった
盆地の彼方に秩父・長瀞の山々が霞む
3.普光寺(天台宗)
1200年以上の歴史を持つ地域最大のお寺畑中の広々した境内が気持ちいい
昭和8年の農地開墾時に発見された板碑群
鎌倉街道往来中に病没した旅人を埋葬供養したものとされている
最古のものは文永2年(1265)、元寇の直前だ
御本尊の木造薬師如来は平安後期のものと推定されている
厄除け角大師のお札をいただいた
ここから畑中の道を行く
交差点に置かれた石碑群
百万遍(ひゃくまんべん)供養とは、疫病退散などの目的で、集落の人々が講を作り、「なむあみだぶつ」を百万回唱えること
寛政2年(1790)にこの土地で何かあったのだろうか?
街道沿いにはこのような石の蔵(大谷石?)が目立つ
何を保存したのだろうか?
4.高蔵寺(天台宗)
開基は、柳沢吉保の祖父・柳沢信俊
閻魔大王が祀られていた
こちらは十一面観音菩薩さま
新緑を背景に麗しい
不動明王
人の煩悩を焼き尽くし、清めてくれる
5.今市地蔵堂
ほぼ折り返し地点に到着
屋根の紋章が気になってズームしてみたら・・・
逆卍、すなわちハーケンクロイツ(鉤十字)ではないか!
思わぬところにあるものだ
木造の地蔵菩薩像は室町時代の作と伝えられる
高さ3m、玉眼を施してある
青々とした頭頂と黒衣が珍しい

兒泉(こいずみ)神社
祭神はヤマトタケル
村の鎮守さまである
腕が多く、悪鬼を踏みつけている姿から、
大元帥明王ではないかと思われる
鎮護国家に霊験あり
場所がわかりづらく行き過ぎてしまったところ、同じように探している方と遭遇
一緒に探し回った(四国遍路を思い出す)
寄居七福神「寿老尊」の寺である
寿老尊と福禄寿はキャラがかぶっているので見分けが難しい
鹿を連れているのが寿老尊、鶴を伴っているのが福禄寿
と思ったら、逆の場合もある
単体の場合も多い
一般に、頭のひょろ長いのが福禄寿と思っていいようだ
藤棚の下のベンチで昼食、および20分の昼寝
安らぐなあ~
7.不動寺(真言宗智山派)
道を間違って30分のロスで最後の寺に到着
Googleで経路を確かめながら歩けばいいのだが・・・
それはつまらない
広い境内をもちながら、ひっそりしたお寺
ここで20分瞑想
やっぱり、あなたが呼んだのですね
帰りは小川町駅にある花和楽(かわら)の湯に寄る
店内は五月人形や鯉のぼりでいっぱい