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KADOKAWA発行
作画:小梅けいと
監修:速水螺旋人
 第1巻 2020年1月発売
 第2巻 2020年12月発売
 第3巻 2022年3月発売

 原作は1985年に発表されたベラルーシの女性作家によるノンフィクション。
 第2次世界大戦の独ソ戦に従軍したソ連の女性たちへのインタビューがまとめられている。
 2015年ノーベル文学賞を受賞した。

 はじめは原作(岩波文庫)を読もうと思ったのだが、あまりにも本が分厚いので腰が引けてしまった。
 そしたら、漫画版があるではないか!
 『源氏物語』も『神聖喜劇』も『方丈記』も『古事記』も『水滸伝』もコミカライズしてしまう日本の漫画文化は素晴らしい。
 現在、第4巻まで発売されているようである。

 ソルティは、このタイトルの意味を勘違いしていた。
 ロシア語の原題を英語にすると、“War has no female face.”
 なので、邦題もほぼ直訳と言っていい。
 これを自分は、「戦争は男の危険なオモチャだ。いつだって男たちによって引き起こされ、男たちによって闘われる。犠牲になるのは女子供ばかり」といった意味合いの、好戦的マチョイズムを批判するフェミニズム的ニュアンスからの告発なのかと思っていた。
 しかし、そうではなかった。
 むしろ、どちらかと言えば逆で、「戦争についての言説や物語はいつも男たちによって独占されている。従軍する男の視点や思考や価値観からばかり語られる。女はいつも爪弾きにされる」といった、戦争を語る言説の性差別的状況を撃ち、“戦争を女のものとする”ことを志向する表現だったのである。
 というのも、独ソ戦では多くのソ連女性たちが実際に戦場に赴いて、銃を手にして前線で闘い、狙撃兵としてドイツ兵を撃ち殺し、飛行機を操縦して敵を撃墜し、銃弾飛びかうなか負傷した男の兵士をかついで助け、洗濯部隊の一員として何百という軍服を手洗いした。男の兵士とひけを取らない活躍をしたからである。
 それも皆が自ら志願して従軍したのであった。

 女だって男と同じように、愛する祖国のため、愛する家族のため、命がけで闘ったのに、戦争が勝利で終わってみれば、称賛されるのは男ばかり。悲劇の主人公も男ばかり。良くも悪くも語られるのは男の体験談ばかり。共に闘った女たちのことなど誰も見向きもしない。
 それどころか、戦争に行った女は「女なんかじゃない!」、「人殺し!」、「一生、結婚なんかできるものか!」と白眼視され差別されてきた。
 あんまりじゃないか!
 戦争は男だけの特権じゃない。
 女にだって戦争を語る資格はある。
 戦争は女の顔をしてもいるんだ。


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Gioele FazzeriによるPixabayからの画像


 なぜ、ソ連の女性たちの多くが自ら戦場に行って闘うことを志願したのか、その背景を理解するのは難しい。
 愛国心だけでは語れないと思う。
 というのも、敵国であったドイツにだって、愛国心に満ちたドイツ人女性はたくさんいたのだから。
 それでも、ドイツの男たちやナチスは女を戦場に送ろうとは思わなかったし、女たちも銃後の守りはしても自ら志願して前線に立とうとはしなかった。(例外はもちろんあるだろう)
 日本だってそれは同じで、沖縄戦ではたしかに若い女性たちがひめゆり学徒隊として戦場に送られ、活躍した。そのうちの多くが悲惨な最期を遂げた。
 しかしそれは、あくまで看護婦としてであり、兵士としてではない。
 やはり、いつの時代でもどこの国でも、「戦争は男のもの。女子供を守るのは男の役目」というパターナリズムやジェンダー規範がある。

 社会主義ソ連においては、それを超えられるだけの男女平等思想が根付いていたのだろうか?
 あるいは、スターリン独裁下におけるナショナリズムの洗脳が、男のみならず女をして、護国精神を発動せしめたのだろうか?
 それとも、ナチスによって自分たちの国が滅ぼされるという危機感はそれだけ大きかったのか?
 
 本コミックで描かれる“女の顔をした戦争”の実態、従軍した女たちの語る戦争体験は、非常に興味深く、リアリティに富み、感動的である。
 これまで体験談やルポルタージュや小説や映画で飽きるほど語られてきた“男の顔をした戦争”とは、かなり違った色合いの戦争物語が、ここにはふんだんにある。
 戦場における生理の手当ての話など、想像もしなかった。 

 「男のすなる戦争といふものを、女もしてみむとてするなり」

 このジェンダー平等は讃えられるべきことなのだろうか?
 男並みに闘うことができることを、女は示すべきなのか? 
 従軍を希望する女たちを拒絶することは差別なのか? 
 いや、そんな甘ちゃんな問いを発していられるのは、平和ボケしている証拠か・・・・。
 
 ともあれ、本コミックを読んで一つ言えるのは、それが男のものであれ、女のものであれ、戦争は人間の顔をしていない。
 阿修羅の相貌(かお)である。




 
おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損