2020年原著刊行
2021年創元推理文庫(山田蘭・訳)
いまや世界の本格ミステリー界の大御所とも言えるホロヴィッツ。
ひとつの小説の中に別の小説を丸ごと放り込む、というアクロバティックな入れ子構造が見事に功を成し、一読で二つの本格ミステリーが楽しめた傑作『カササギ殺人事件』の続編が本作である。
本作もまた、英国人編集者スーザン・ライランドが8年前にヨルガオホテルで起きた殺人事件の解明に取り組むというメインプロットの中に、名探偵アティカス・ピュントが活躍するアラン・コンウェイの3作目のミステリー『愚行の代償』が丸ごと投入されている。
アラン・コンウェイは、スーザンがデビューの時から担当していた作家で、国際的ベストセラー作家となったものの、9作目発表後に急死した。
読者は、入れ子構造の外箱と内箱をなす二つのミステリーにおいて、探偵役のスーザンやアティカス・ピュントとともに犯人探しを楽しむことができるわけだが、むろん、この凝った形式には必然的理由がある。
外箱すなわち「スーザンやアラン・コンウェイの住む“現実世界”」で起きた殺人&行方不明事件を解明する鍵が、内箱のフィクション『愚行の代償』の中に隠されている。8年前の事件の真犯人を知る故アラン・コンウェイは、ある理由から、犯人を警察に告発する代わりに自作にヒントを散りばめたのであった。
ホロヴィッツのパズラー魂と巧緻なプロットには毎回のことながら舌を巻く。
しかも、外箱のミステリーも、内箱のミステリーも、揃って本格推理小説として、あるいはエンターテインメントとして、一定の水準に達していて面白い。
クリスティやクロフツやチェスタトンなど、ミステリー黄金時代の作家たちに匹敵する驚くべき才能である。
素人探偵ソルティによる犯人当ては、一勝一敗であった。
内箱の『愚行の代償』の犯人は当てることができたが、外箱の“現実世界”の犯人は分からなかった。
内箱の『愚行の代償』の犯人は当てることができたが、外箱の“現実世界”の犯人は分からなかった。
素晴らしい読書タイムを与えてもらえたので、文句をつけるほどのことではないが、若干、キャラ設定的に気になるところはあった。
“現実世界”でスーザンが行方を捜しているセシリーは、星占いの好きな夢見がちの一途な女性という設定なのだが、そのキャラクターからはちょっとあり得そうもない行動をしている。
星の導きで出会った運命の人との結婚式を数日後に控えたセシリーが、はたしてすでに一緒に暮らしている婚約者の目を盗んで、×××の中で×××と×××するか・・・?
しかもその結果、×××までしてしまい、×××するか・・・?
どうも納得いかない。
ときに、ホロヴィッツの小説の特徴の一つとして言えるのは、ゲイの登場人物が多いという点である。
これまでに読んだものの中では、シャーロック・ホームズ物のパスティーシュである『モリアーティ』をのぞくすべての作品で、ゲイが登場していた。
なにより、アティカス・ピュントの生みの親である作家アラン・コンウェイもゲイ(という設定)であり、本作でスーザンが調べることになった8年前の殺人事件の被害者も、SM趣味ある遊び人のゲイである。
このゲイ濃度の高さはなにゆえ?
おそらく、長いことメディア業界で仕事してきたホロヴィッツの周囲にはカミングアウト済みのLGBTがあたりまえに多く存在していた(いる)こと、そして、ホロヴィッツがアライ(LGBTを支援する人)であることが大きいのだと推測する。
あるいは、英国ではすでに、複数の人物が登場する現代小説やドラマを書いたら、そこにゲイやレズビアンが出てこないのは不自然――というほど、LGBTの存在が可視化されているのだろうか?
むろん、黄金時代のミステリーにはLGBTの姿はない。
(欧米ミステリーにはっきりした形でLGBTが登場するのは、1955年マーガレット・ミラー著『狙った獣』が嚆矢ではないか?) ソルティが英国を訪ねたのは、2000年。
当時のLGBTをめぐる社会的状況は、日本のそれとさほど違いはなかったように思う。
やはり、ここ20年の変化が大きかったのではないか?(英国では、2014年に同性婚が法制化されている)
その間、日本では、旧統一協会の息のかかった保守系議員や学者らによる性教育バッシングが安倍政権のもと勢いを増し、我が国のセクシュアルライツ(性と生殖に関する権利)は後退し続けた。
ホロヴィッツの小説を読むたびに、“失われた20年”および彼我の国民性の違いを思う。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損