1937年フランス
114分、白黒

 数十年ぶりに観た。
 はじめて観たのは高田馬場にあったACTミニシアターだったと記憶する。
 20代だった。

 そのときビックリしたのは、この話の舞台となっているのは第一次大戦中のドイツの捕虜収容所なのであるが、捕えられているフランス兵はじめとする連合国軍の捕虜たちが、ドイツ軍に丁重に扱われていることであった。
 「ホントかよ~」と思った。
 戦争中、敵軍に捕まった捕虜が受ける仕打ちや待遇は、悲惨で残酷なものという先入観があった。拷問を受けたり、塹壕掘りなどの強制労働を強いられたり、レイプ(男による)などの辱めを受けたり、あたかもキューブリック監督の映画『スパルタカス』に出てくる古代ローマの奴隷たちのような境遇に置かれると思っていた。
 ドイツの収容所と言えば、なによりまず、ユダヤ人大虐殺で悪名高いアウシュビッツが思い起こされるし、また、大学時代に読んだ森村誠一著『悪魔の飽食』の衝撃――第二次大戦中の満州で大日本帝国陸軍731部隊が外国人捕虜に対しておこなった人体実験のインパクト――もあった。
 捕虜収容所=地獄、と思っていたのである。

 しかるに、ドイツ軍に捕えられたフランス軍のマレシャル中尉(ジャン・ギャバン)とボアルデュー大尉(ピエール・フレネー)らが受けた待遇は、ホテル客並みの厚遇とは言えないまでも、そこそこ紳士的であり、残虐非道なものではなかった。
 むろん、脱走や反逆行為をしないよう、四六時中監視下に置かれ、塀の中に閉じ込められるのは捕虜である以上、致し方ない。脱走すれば、撃たれたり、殴られたり、独房に入れられたりもする。
 が、食事も寝床も保障され、故国からの手紙や仕送りも許され、トランプや読書や絵画などの娯楽も認められ、祝祭日には女装や仮装しての大掛かりな演芸ショーも開催できる。
 日常的に不条理な暴力にさらされているわけではない。
 第二次大戦中の日本軍のジャワ島捕虜収容所を描いた大島渚監督『戦場のメリークリスマス』にくらべれば、天国のようなもの。

 その答えは、1899年のハーグ陸戦条約、すなわち戦時国際法にある。
 このハーグ陸戦条約の第2章には、捕虜(当時俘虜と訳された)の扱いについての取り決めが書かれている。
 たとえば、

  • 第4条 俘虜は敵の政府の権内に属し、これを捕らえた個人、部隊に属するものではない。俘虜は人道をもって取り扱うこと。俘虜の身に属すものは兵器、馬匹、軍用書類を除いて依然その所有であること。
  • 第7条 政府はその権内にある俘虜を給養すべき義務を有する。交戦者間に特別な協定がない限り、俘虜は糧食、寝具及び被服に関し、これを捕らえた政府の軍隊と対等の取り扱いを受けること。
  • 第18条 俘虜は陸軍官憲の定めた秩序及び風紀に関する規律に服従すべきことを唯一の条件として、その宗教の遵行に付き一切の自由を与えられ、その宗教上の礼拝式に参列することができる。
  • 第20条 平和克復の後はなるべく速やかに、俘虜をその本国に帰還させなければならない。
 (ウィキペディア『ハーグ陸戦条約』より抜粋)

 日本の場合も、少なくとも日露戦争や第一次大戦の折には、捕まえたロシア軍やドイツ軍の捕虜を、条約にしたがって「人道的に」扱ったことが記録に残っている。
 日本で最初のベートーヴェン第9の全曲演奏は、徳島県板東町(現・鳴門市)にあった板東俘虜収容所で行われた。
 収容所長であった松江豊寿の寛大で人情あふれる人柄とともにその経緯を描いたのが、マツケンこと松平健主演『バルトの楽園』(2006年)である。

 本作は、ハーグ陸戦条約下の捕虜収容所だからこそ成立し得た人間ドラマなのである。
 連合国側に属する多様な国籍や人種(フランス人、イギリス人、黒人、ユダヤ人など)、多様な階級に属する人々(貴族も庶民も)が、捕虜収容所であればこそ、寝所を共にし、同じ釜の飯を食い、冗談を言い合い、脱走計画を協力し、友情が育まれる。
 対戦中のドイツの将校とフランスの将校とが、同じ貴族の身分であえるがゆえに、互いに敬意をもって接し、同じテーブルで食事もする。(面白いのは、同じフランス人でも階級のちがう者同士より、国籍が違っても同じ階級の者同士のほうが、互いを理解し合えるという点である)
 だが、せっかく生まれた友情も、戦争の中では長続きしない。
 各々が国家を背負い、軍律に縛られ、使命を持って軍服をまとっている以上、なすべきことはなさねばならない。

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左より、ピエール・フレネー、 ジャン・ギャバン、
マルセル・ダリオ、 エリッヒ・フォン・シュトロハイム

 ボアルデュー大尉のおとり犠牲作戦により、脱走に成功したマレシャル中尉とローゼンタール中尉は、スイスとの国境に向かって逃亡する。
 その途上、小さな娘と暮らすドイツ人女性エルザ(ディタ・パルロ)にかくまってもらい、穏やかで満ち足りた数日を過ごす。
 軍隊生活で長いこと女日照りだったマレシャルと、夫を亡くしてからずっと孤独をかこっていたエルザは、クリスマスの夜に結ばれる。
 その翌朝の、男女それぞれの晴れ晴れした顔がおかしい。
 ルノワールってお茶目なところある・・・。
 
 愛を交わし合ったものの別れは必定。 
 マレシャルはエルザに約束する。
 「この戦争が終わったら必ず迎えに来る。そしたら一緒にパリで暮らそう」
 マレシャルとローゼンタールは、苦難の末、国境を越えてスイス領に入る。
 無事逃げおおせた!
 が、これからどこに行く?
 もちろん、2人に選択肢などない。
 ふたたび軍に戻る以外に・・・・。

 「いつの日か、戦争のない平和な世が来るだろう」
 フランス人マレシャルの言葉に、ユダヤ人であるローゼンタールはこう答える。
 「それは、大いなる幻影だ」





おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損