2023年岩波書店

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 推理小説の生みの親はアメリカのエドガー・アラン・ポーで、1841年発表の『モルグ街の殺人』をその嚆矢とするのが通例である。
 その後、1890年にコナン・ドイルが名探偵シャーロック・ホームズを生み出して大成功を収めたことが、本格推理小説時代の幕開けとなった。
 1910年登場のG.K.チェスタトン作『ブラウン神父シリーズ』を経て、1920年代から30年代のいわゆる「黄金時代」が到来する。
 英国のアガサ・クリスティ、ドロシー・セイヤーズ、F.W.クロフツ、米国のヴァン・ダイン、ディクスン・カー、エラリー・クイーン等々。
 本書は主として、ポーからドイルにバトンが渡される間、すなわち19世紀後半に英国で発表された推理小説を集めたものである。ホームズ誕生以前ということになる。
 ただし、収録された8編のうち1編はポーと同時期のもの、2編はドイル以後のものである。
 発表順に並べると。
  1. チャールズ・ディケンズ作『バーナビー・ラッジ』第一章より抜粋(1841)
  2. ウォーターズ作『有罪か無罪か』(1849)
  3. チャールズ・フィーリクス作『ノッティングヒルの謎』(1863)
  4. ヘンリー・ウッド夫人作『七番の謎』(1877)
  5. ウィルキー・コリンズ作『誰がゼビディーを殺したか』(1880)
  6. キャサリン・パーキス作『引き抜かれた短剣』(1893)
  7. G.K.チェスタトン作『イズリアル・ガウの名誉』(1911)
  8. トマス・バーク作『オターモゥル氏の手』(1929)
 「魅力ある名探偵」、「手がかりのフェアな提示と推理の積み重ねによる真相究明」、「意外な犯人やトリック」といった黄金時代に完成した本格推理小説の型からすれば、まだ黎明期といった感のある作品が並ぶ。
 この中で、文学的価値や考古学的価値抜きでミステリーとして今も十分に読むに値するのは、7のブラウン神父が登場する『イズリアル・ガヴの名誉』と8の『オターモゥル氏の手』くらいであろう。
 7の意外な動機は今でも十分に風変わりで面白い。
 8は当時なら最後に明かされる意外な犯人に読者はビックリ仰天だったのかもしれないが、海千山千の現代のミステリー読者にしてみれば、最初に描かれた犯行直後にずばり犯人を言い当てることができるだろう。ただし、作品の完成度は高い。
 他の作品たちは、率直に言えば、今なら発表するレベルに達していない。出版不況の現在は特に。
 3の長編『ノッティングヒルの謎』は構成がしっかりしていて、スピリチュアルな風味もあり、力作には違いない。が、報告書スタイルの形式が事務的で読みづらく、せっかくの物語の興を削ぐ結果となっている。作者のフリークスの本職が弁護士であったためと思われる。
 また、チェスタトンからどれか一作選ぶとしたら、ソルティなら、『古書の呪い』か『折れた剣』あたりを選ぶかなあ~。

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 最後に、ソルティが選ぶ海外本格ミステリーベスト10(順不同)は以下の通り。
 一作者一作に限った。
  • 『そして誰もいなくなった』(アガサ・クリスティ)
  • 『ブラウン神父の童心』(G.K.チェスタトン)
  • 『シャーロック・ホームズの冒険』(コナン・ドイル)
  • 『ナイン・テイラーズ』(ドロシー・セイヤーズ)
  • 『偽のデュー警部』(ピーター・ラヴセイ)
  • 『女には向かない職業』(P・D・ジェイムズ)
  • 『幻の女』(ウィリアム・アイリッシュ)
  • 『薔薇の名前』(ウンベルト・エコー)
  • 『月長石』(ウィルキー・コリンズ)
  • 『フリッカー、あるいは映画の魔』(セオドア・ローザック)
 エラリー・クイーンが入っていないのが我ながら不思議。
 どういうわけか、クイーンの作品は内容が記憶に残らないのである。
 代表作と言われる『Yの悲劇』『Xの悲劇』より、かえって夏樹静子の『Wの悲劇』のほうが鮮明に覚えている。
 三田佳子のおかげか?




おすすめ度 :★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損