2009年アルゼンチン
103分
ル・コルビュジエ(1887-1965)はスイス生まれの建築家。
フランク・ロイド・ライト、ミース・ファン・デル・ローエと共に「近代建築(モダニズム建築)の三大巨匠」と言われている。
どこかで見たことある名前だなあと思ったら、上野の国立西洋美術館の基本設計をした人だった。

国立西洋美術館
本作の舞台となっているのは、コルビュジエが1949年に設計したアルゼンチンのクルチェット邸。
普段は資料館として公開されているこの家をロケ地に選び、現代アートで内装をしつらえ、椅子のデザインで世界的な成功をおさめた主人公レオナルドとその妻子が暮らす家と設定している。
世界遺産登録されている施設をよく借りられたなあ~。
建築やインテリアに興味のある人は、そういった観点からも映像を楽しむことができよう。
とはいえ、これは芸術の話でも、芸術家の創作上の苦労や秘密といった高踏な話でもない。
ご近所トラブルという、世界中どこにでもある下世話な話。
スラムだろうが、下町だろうが、高級住宅地だろうが、隣人を選べないのは共通の悩みのタネなのである。
レオナルド一家の隣に越してきた男が、ある日、自宅の壁の一角に穴をあけて明かり取り用の窓を作ろうとしたことから、すべては始まる。
壁の向かいには、まさにレオナルド家の窓が面しており、お互いに中が丸見えになってしまう。
なんとか隣人に窓をあきらめさせようと、あの手この手を使って説得するレオナルド。
が、相手が悪かった。
ホラーサスペンスによくあるように、最後にはサイコパスの正体を現したビクトルと主人公一家との血まみれの闘いになるのかと予想していたのだが、それは無かった。
さすがに、世界遺産の建築物を使ってそれはできないだろう。
運よく(?)ある事件が起こってビクトルは姿を消し、壁にあけた穴はレンガで塞がれる。
レオナルド一家の生活は元に戻った。
しかしそれは、果たしてハッピーエンドと言えるかどうか。
本作の最大のポイントであり、ひねりの効かせどころは、世界遺産になっているほどの名建築に住みながら、その家族が完全に瓦解している点である。
夫と妻は互いに心を開いて話し合うことも支え合うこともできず、妻の外泊中を狙って夫はデザイナー志望の若い女子学生を口説こうとする。
年頃の娘は父親と口をきこうとせず、イヤホンの中の世界に住んでいる。
レオナルド家は形だけの家族なのだ。
せっかくのル・コルビュジエの家が「家」として機能していない。
ここに監督の仕掛けた大きな皮肉を見る。
ある意味で、隣人ビクトルが開けようとしたのは、物理的な壁ではなく、各人の見栄やエゴイズムでレンガのように固まってしまい、本音で関わり合うことを忘れてしまったレオナルド一家のための“風穴”だったのだ。
ビクトルの横暴で予想を超えた振る舞いに対し、レオナルド一家が額を集めて相談し、一致団結して闘ったならば、それは家族再生の道になりえたかもしれない。
一家総出でビクトルと向き合ったならば、両者の関係も違ったものになったかもしれない。
だが、レオナルドはその機会を自らの手で握りつぶしてしまった。
家を造るより、家庭を造るほうが、よっぽど難しい。
隣人なしで家は成り立たない。
隣人なしで家は成り立たない。
レオナルド役のラファエル・スプレゲルブルト、ビクトル役のダニエル・アラオス、どちらも素晴らしい演技である。
おすすめ度 :★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損