最近、観仏が趣味の一つになりつつある。
 若い頃はギリシア・ローマ時代やルネサンス期の西洋彫刻が好きだったのだが、枯れてきたというか、ジジむさくなったというか、求めるものが違ってきた。
 肉より魚のほうが・・・といった嗜好変化と同じだ。 

 偶像崇拝は本来の仏教的にはNGで、お釈迦様は、「法と自分を拠り所にしなさい(自灯明、法灯明)」と言い残した。
 仏滅後500年近くものあいだ仏像がつくられなかったのは、バラモン教に支配されたインドではもともと神像をつくる風習がなかったことに加え、お釈迦様の遺言も影響したのではなかろうか。
 現在、タイ、ミャンマー、スリランカなどテラワーダ仏教諸国では、仏像と言えば何を置いても釈迦如来像、実在した人物をかたどった像である。
 仏像彫刻が花開いたのは、日本や朝鮮や中国など大乗仏教諸国においてであった。
 大乗経典が様々な如来や菩薩を創作し、また、もとから土地に根付いていた信仰が仏教と混ざり合うことで明王系・天部系・垂迹系など様々な神仏が生まれ、それらの像がつくられることで実に多彩で、キャラクター豊かな、めくるめく仏像世界が築かれたのである。

 テラワーダ仏教を信奉するソルティとしては、基本的には釈迦如来以外の神仏はフィクションつまり想像上の産物としか思っていないし、偶像崇拝にも興味はない。
 観仏の愉しみは、歴史学的・社会学的・美術的なものであり、また人気漫画のキャラクターや往年のスター役者を愛好するようなミーハー的なものである。「毘沙門天カッコいい!」とか。
 とはいえ、人の少ない静かなお堂や館内で、名だたる仏師が精魂込めてつくりあげ、過去数世紀に生滅した何十万何百万という人々の念が入った仏像と対面していると、自然と心が静まり、煩悩が薄らいで、仏教愛が深まるのは事実である。

 いっぺんにたくさんの種類の仏像と出会うには、どこがいいだろう?
 トーハクこと東京国立博物館に如くはない。
 ここのホームページには「おすすめコースガイド」の一つとして、「仏像大好きコース(150分)」が紹介されている。
 梅雨入り間もない蒸し暑い土曜日、上野公園に出かけた。

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トーハクと言えば上野だが、距離的にはJR鶯谷駅南口からのほうが近い。
上野駅や上野公園の混雑も避けられる。

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東京国立博物館(本館)
本館(日本の仏像)→東洋館(アジアの仏像)→法隆寺宝物館と巡る

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薬師如来像(平安時代)
シンプルな服飾、手に乗せた薬壺が目印
理由は知らないが、撮影OKの仏像とNGの仏像がある

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弁財天(鎌倉時代)
もとはインドの神サラスヴァティー。
水の神、芸術と音楽の神、七福神の一人である。
老人の顔を持つ蛇を頭に乗せていることが多い。

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千手観音(南北朝時代)と四天王(鎌倉時代)
向って右奥から時計回りに、多聞天(北)、持国天(東)、増長天(南)、広目天(西)
多聞天はまたの名を毘沙門天という。

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東洋館には、初期(1~3世紀)の仏像や中国・朝鮮の仏像が展示されている。
初期のものはギリシア彫刻の影響が多分に見られ、彫りが深く鼻が高い西欧系美男子が多い。

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釈迦如来像
1~3世紀にガンダーラでつくられたもの。
両手を前に組み、まだ印を結んでいないのに注目。

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十一面観音菩薩(中国)
石像と思えない艶
ウエストが細い!

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聖観音(中国)
台座の石には寄進者の名前がびっしりと刻まれている。

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ちょっと中庭でコーヒーブレイク
朝鮮石人像(文人像)がここにもあった。
由来が気になる。

 法隆寺宝物館には、明治11年(1878)に法隆寺から皇室に献納された300件あまりの宝物すべてが、収蔵・展示されている。
 迂闊にもこれまで入ったことがなかった。
 本館・東洋館が並ぶメイン会場からちょっと離れた、ほとんどの来館者が足を延ばさない聖地にそれはあった。

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法隆寺宝物館
平成11年(1999)に建てられた。
周囲の緑に映える白い直線配列と水面がつくる幾何学的空間がシンプルで美しい。
この禅的な雰囲気はどこがでみたことがある・・・と思ったら、

鈴木大拙館
金沢にある鈴木大拙館ではないか!
同じ設計者(谷口吉生)だった。

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法隆寺から献納された観音像
正直、これほど多くの素晴らしい宝物があるとは思わなかった。
ここを観ないで「法隆寺に行った」とは言うのは片手落ちかも。

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弥勒菩薩半跏像
仏教伝来から程ない時代の仏像たちや、聖徳太子が大陸からもたらしたと伝えられている伎楽の仮面がたくさんある。
質量ともに圧倒された。

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平安時代(1069)に絵師・秦致貞(はたのちてい)によって描かれた国宝『聖徳太子絵伝』をデジタルで観ることができる。
ただ、原画そのものの傷みがひどいので、よく分からない。
美術的価値よりも、太子の生涯という物語的価値の高い作品なのだから、きれいに修復した原寸大の絵を掲示したほうが良いと思う。
 
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上野公園噴水広場

 150分コースに180分以上かかった。
 しかも見残しがあった。
 また行こう!

 博物館内も上野公園もいろいろな人種・国籍の外国人でいっぱいだった。
 コロナ前に完全に戻っている感。
 思えば、ソルティが子供だった60~70年代、外国人はほんと珍しかった。
 天気予報の「ハロー注意報」を、外国人が出没する警報と思っていたくらいである。
 中学の修学旅行で京都に行ったとき、黒人を初めて生で観た。
 クラスがちょっとしたパニックになったのを憶えている。
 この半世紀で日本人もずいぶん外国人馴れしたものだとつくづく思う。
 (かえって戦後の頃のほうが、町中にGHQがらみの外国人が多かったのではないか?)
 それにしても、博物館での外国人の様子を見るからに、こんなにも日本文化に関心高い外国人がいるのかと驚くばかりだった。

 考えてみると、釈迦仏はじめほとんどの仏さまは異国人なのだがな・・・・。