2016年講談社
最近聴き始めたブルックナー理解の一助になればと思って借りたのだが、これがまあ、滅茶面白かった。
ブルックナー団を名乗る3人のブルオタと、彼らに「姫」と祭られる羽目に陥ったブルックナー好きの女性図書館員とのぎこちない交流を描いたブルコメ(ブルックナー・コメディ)である。
ブルオタとは何か?
「ブルオタ」は「ブルックナーオタク」の意味で、クラシックファンの中でもとりわけオタク臭い、特有の行動を取る者らとして区別される。正式には「ブルヲタ」と書く・・・・・って、「正式」って何?
ブルックナー行列という言葉があるように、ブルックナーは女性より男性に人気ある作曲家なのだが、どうも男性の中でもとくに “オタク度が高い” 男子たちのヒーローらしい。
クラシック愛好家というだけで、ただでさえオタクっぽい印象を持たれがちなのに、あまつさえ、ベートーヴェンでもモーツァルトでもワーグナーでもなくアントン・ブルックナーを第一に選ぶのは、筋金入りのオタクの証なのだ。
今さらではあるが、“オタク度が高い”とは、
- 特定の事物に尋常でない興味と関心を持ち、その領域に関する驚異的な知識を持っている
- 他人の心や場の空気が読めず、人間関係を築くのが苦手(いわゆるKY)
- 異性にもてない
- 流行やお洒落に興味がなく、見た目がダサい
といったあたりが特徴として上げられる。
誤解を恐れずに言えば、アスペルガー症候群と重なるところが多い。
オタクの正体はアスペルガー症候群、あるいはそれに近いような脳の機能障害であって、本人自身にもどうしようもないのだと知れば、やさしい目で見ることができるのではないか。
――って、ずいぶん上から目線だが、本ブログを見れば分かるように、ソルティは映画フリークで、クラシック音楽ファンで、書籍依存症で、仏教シンパで、そのうえ孤独癖がある。
オタクと呼ばれるのはやぶさかでない。
が、どれも生半可な知識と情熱しか持ち合わせていない不徹底なところが、オタクの称号に値しないと思っている。
ともあれ。
ブルックナー団の男子3人とひょんなことから知り合い、コンサート終了後のマックでの感想トークやメールでの情報交換をするようになった「姫」は、それまでブルックナーの音楽にしか興味なかったものが、作曲家自身についても関心を持つようになる。団員の一人が作家志望で、『ブルックナー伝』(未完)を綴っていたのである。
本書は、市井の人々のほのぼのした(?)ブルオタ交流を描きながら、ブルックナーという愛すべき人物について読者に紹介する内容になっている。
うまい構成だ。
筆致もユーモアあり、ディケンズ風のキャラクター戯画化(アニメ化というべき?)が楽しいぽ。
そうして描きだされたブルックナーという人物は、まさにオタク、いやアスペルガー症候群そのものではないか。
音楽の異常な才という点を考慮するなら、サヴァン症候群かもしれない。
- とにかく不器用で、自分に自信がなく、他人の言動に左右されやすい。(そのせいで、いったん完成した楽譜を人に指摘されるたび手直ししたので、同じ作品に版がいくつもある事態になった)
- 小心で、卑屈で、権威に弱い。(いじめられっ子タイプ)
- 空気が読めず、周囲をいらつかせたり、周囲から馬鹿にされたりする不可解な行動をとってしまう。
- 目に入った事物を数える癖がある。
- 10代の少女が好きで、生涯60人を超える少女に求婚し、すべて撃沈。
- それをすべて記録(『我が秘宝なる嫁帖』)に残している。うげえッ!
つまり、ブルオタの男たちは、自分と同類――生きるのに不器用なKYの非モテ+ロリ系――の先達にして偉人として、ブルックナーを崇拝しているのである。
そりゃあ、入れ込むわけだ。
むろん、そういった男のつくる音楽の独特な世界観に共鳴するところ大なのも道理である。
「ブルックナー休止」「ブルックナー・リズム」「ブルックナー・ゼグエンツ(反復)」と言われる形式上の特徴も、なにか、自閉症の人たちが、キラキラ光る物に魅入られたり、鉄道が好きだったり、規則正しい繰り返しの配列に安心するのと同様の、脳の器質的な傾向とリンクしているのかもしれない。
女性にはモテなかったけれど、弟子たちには非常に愛されたようだ。
女性にはモテなかったけれど、弟子たちには非常に愛されたようだ。
本書を読んで、ブルックナーのイメージがずいぶん変わった。
音楽史に名を残すセクハラ親爺というものから、不器用で気の弱いイタい人というものへ。
同じく不器用で気の弱い人間の一人として、親近感が湧いた。
同じく不器用で気の弱い人間の一人として、親近感が湧いた。
だいたい、コンサートのチラシなどに使われるブルックナーの写真が良くない。
無愛想で陰気な面をしたハゲ親爺が、似合わない蝶ネクタイをしたり、胸に勲章つけて偉そうにしているものが出回っている。
この写真じゃ、音楽を聴く前から誰だって敬遠したくなる。(特に女性は)
若い頃のもう少し人当たりのいい肖像はないのだろうか?
さすれば、もう少し人気が出て、聴く人も増えて、コンサートでの演奏回数も増えるのではなかろうか。
無理か・・・・。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損