1933年原著刊行
2001年国書刊行会(狩野一郎訳)
2001年国書刊行会(狩野一郎訳)
『毒入りチョコレート事件』、『第二の銃声』に継いで3冊目のバークリー。
ジャンピング・ジェニイとはどういう意味だろう?
――と思ったら、映画の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」と同じような意味合いであった。
つまり、本作の表紙イラストにある通り。
(男の場合は、ジャンピング・ジャックとなる)
本作の特色にして面白いところは、『第二の銃声』にも登場する探偵ロジャー・シェリンガムが、殺人事件の容疑者の一人に列せられてしまう点である。
それも致し方ないのは、ロジャーは、パーティー開催中に首を吊って亡くなった女性(ジャンピング・ジェニイ)が発見され、現場に一人残された際に、現場に手を加えて自殺の証拠を捏造する――という愚行をしてしまったからである。
それにはそれなりの理由はあるのだが、結局、この浅はかな行為が裏目に出て、放っておけば「自殺」と判定される可能性の高かった事件が、かえって自殺を装った他殺ではないかと警察の疑いを受ける羽目になり、てんやわんやの騒動を招いたのである。
本作のポイントは、通常のミステリーと違って、「真犯人は誰か」という謎解きにあるのではない。
ロジャーが引き起こした自業自得のピンチがどう平和裡に収束するかというサスペンスにあり、また、自殺を装った偽装殺人がどう警察や司法にばれることなく、(犯人やロジャーの目論見通りに)「自殺」という判定を得るか、という逆説的設定にある。
だいたい、ロジャー・シェリンガムは名探偵ではない。
『第二の銃声』でも間違った推理をしたあげく、間違った人間を真犯人と指摘して――しかも真犯人の前で!――間抜けなところを見せているし、本作でもドジをやらかしたうえに、真相をつきとめることができなかった。
しゃべりすぎるし、利口ぶって余計なことをし過ぎる。
金田一耕助のほうがまだマシであろう。
しかし、そこが1920~30年代の本格ミステリー黄金期にあってすでに通常の推理小説に飽きたらなかったバークリーの狙ったところなのだろう。
シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロのような頭脳明晰、快刀乱麻の探偵はあえて造らなかったのである。
ここでのロジャーの役割は、読者が彼とともに事件の経過を追いながら推理実践するための装置であり、かつ、ドジな男のあたふたを読者が楽しむための道化としてのそれである。
事件もまた一応の解決はみるものの、『第二の銃声』同様、真犯人は法の裁きを逃れる。
つまり、犯罪者の勝利で終わる。
ある意味、非倫理的、反社会的な物語と言えるが、後味は決して悪くないところがミソ。
というのは、殺された人間が、殺されても仕方ないような、彼女が殺されることでかえって多くの人間が救われるような、悪キャラに設定されているからである。
その意味で、本作の白眉は、首吊り自殺を装って殺されることになるジャンピング・ジェニイことイーナ・ストラットンのキャラクター創造にある。
本作はある金持の屋敷で開かれたパーティー会場のシーンから始まる。
分量としてはさして長くないパーティーの描写において、イーナの奇矯な振る舞いがこれでもかとばかり描かれ、彼女がパーティーに出席している他の人々から疎まれている(疎まれても仕方ない)薬のつけようのない破滅キャラであることが、読者にとっても瞭然となる。
彼女の死は、それが自殺であれ他殺であれ、ほかの多くの良心的な人々の救いになるのは間違いないところであり、それゆえロジャーは犯人のおかしたミスを修正するという愚行をしたのである。
今風に言えば、イーナはおそらく何らかの人格障害なんだろうなあと思うが、彼女を描き出すバークリーの筆致は冴えていて、知っている誰かをモデルにしたんじゃないかと思われるほど。
このイーナの悪魔的でイタすぎるキャラゆえ、読者はロジャーのしたことを大目に見て、本来なら犯罪隠しという許されない行為であるにもかかわらず、ロジャーらの味方となってハラハラするわけである。
バークリーの文章は、取っつきにくく、平明さに欠ける。
会話描写も少なく、チェスタトンの小説同様、ある程度の読解力を求められる。
たとえば、犯行現場とパーティー会場あるいは屋上との位置関係などは文章による説明だけでは分かりにくく、屋敷の図面があるといいのに・・・としきりに思った。
作風はトリッキーで人物描写にすぐれ、英国らしいユーモアもあって面白いのに、クリスティのようなメジャーにならないのは、この文章スタイルのせいではなかろうか。
最盛期のクリスティの作品群と並び称されるレベルの傑作には違いない。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損