2023年講談社新書

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 ソルティの記憶にある最初の総理大臣は、大阪万博や沖縄返還のかすかな記憶とともに顔が浮かぶ佐藤栄作(在任:1964年11月9日~1972年7月7日)である。
 現在の岸田文雄まで26人の首相を見てきたことになる。
 選挙権を得て投票するようになってからは約40年。
 振り返るに、ここ20年くらい日本の凋落と政治の劣化と社会の右傾化を感じたことはなかった。
 とりわけ、第2次安倍晋三内閣誕生(2012年12月26日)から現在に至る10年強ほど、『日本国憲法』のもとで先人たちが営々と積み上げてきた平和と繁栄と民主主義と国民同士の信頼が損なわれた期間をかつて知らない。 
 憲法の精神をないがしろにするような不条理なことが自公政権によって次々と強引に決められ、野党はおろかマスメディアにも司法にも止められない。
 あまつさえ、投票によって、あるいは投票しないことによって、それに認可を与えてしまう国民たち。
 対米従属の軍国主義化、教育現場への圧力と介入、メディア統制による言論封殺、日本経済の没落と格差の拡大、嫌韓・嫌中の世論形成といやます右傾化
 悪夢の中にいるようであったし、それは今も続いている。

 自公政権寄りの人々は、「民主党政権時代(2009年9月16日~2012年12月26日)の悪夢」としきりに言うけれど、自民政権下で既得権のあった人はともかく、一介の庶民のソルティにしてみれば、たいした害は感じなかった。
 むしろ、東日本大震災(2011年3月11日)と福島第一原発臨界事故という未曽有の惨劇が政権担当中にあったことを思えば、「民主党はよくやった」と言いたいくらいである。
 現政権の反省の色なき原発推進の様子を伺うに、あの時もし自民党が政権に就いていたとしたら福島原発事故は隠蔽されていたのではあるまいか、と疑わざるを得ない。
 
 2022年7月8日に起こった安部元首相銃殺は痛ましい事件であり、許されざることに違いないが、猛烈な勢いで右に引っ張られていく日本社会の流れを、いったんストップさせて、国民を覚醒させるきっかけとなったことは確かである。
 犯行動機の公表がきっかけになって、自民党とくに清和会(元安倍派)と反社会的カルト集団である旧統一教会との癒着が暴き出され、多くの国民は日本を牛耳る保守右翼層のデタラメぶりと、口先では「日本を取り戻す」と言いながらその実「日本を売っていた」安倍晋三の倫理感の欠如を知ったのであった。

 しかし、それで潮流が変わったかと言えば、今のところその様子はない。
 岸田首相は、今回の一周忌に際して「安倍氏の遺志に報いる」と発言したことが示すように、安倍政権が敷いたレールの上を引き続き走っていくつもりらしい。
 国民も現政権にNOを突きつける様子も見られない。
 つまりそれは、政治の劣化と経済の停滞と格差拡大と軍国主義化が今後も続いていくということで、日本の凋落は止みそうもない。
 タイタニックJAPANよ。

タイタニック

 著者の古賀茂明は、1955年生まれのジャーナリスト。
 通商産業省(現:経済産業省)に30年以上勤めた元官僚である。2011年に退職勧奨をうけて辞職した後、著述業のかたわらテレビ朝日『報道ステーション』のコメンテーターをしていたが、政権に睨まれて2015年降板を余儀なくされた。
 日本の政治経済を官僚という立場で内側から覗いてきたところに、この人の言葉のリアリティと信憑性が担保されている。
 「左の人」というよりは、「反安部の人」である。

 安倍氏の最大の「功績」は、日本の岩盤右翼層をがっちりと固めたことだ。その結果、反日思想を持つ旧統一教会(世界平和統一家庭連合)と日本会議など国粋主義的勢力がともに自民党保守派を支持するというまったく支離滅裂な現象も起きた。その遺産を受け継いだのが自民党安倍派(清和会)である。
 彼ら岩盤右翼層は、数としては大きくなくとも、選挙の投票率が下がる傾向が続く中、自民党の得票の中では重要な地位を占める。また、下手に敵に回すと落選運動を起こされたりもするので、自民党議員にとって、ますますその支持を取り付けることが重要になる。この構図は、岸田首相のみならず、親安倍だろうが反安倍だろうが、自民党の他の派閥でも、議員でも同じだ。かくして、すべての自民党議員にとって、この「安倍派的」岩盤右翼層の支持を得ることが至上命題になったのだ。
 私は、この状況を「妖怪に支配された自民党」と呼んでいる。“昭和の妖怪”と呼ばれた岸信介元首相。その孫が安倍晋三だから、安倍氏は“妖怪の孫”である。そして“妖怪の孫”亡き後もなお、得体のしれない安倍的なものが政界に漂っている。まさに妖怪は滅びずいまもなお自民党を支配しているのだ。

 本書は、「得体のしれない安倍的なもの」の正体に迫るとともに、9年近く続いた第2次安倍政権が、日本社会にどういった変化をもたらしたかを具体的に検証している。
 各章の内容に即して簡潔にまとめれば、以下のようになる。
  1. 日本国憲法軽視の日本の軍事国家化
  2. 福島第一原発事故反省の色なしの原発推進
  3. 既得権益を持つ層だけを潤し格差を広げたと共に、国際競争力を著しく低下させた経済政策(アベノミクス)
  4. 安倍首相自らが“範を垂れた”官僚と政治家のモラル破壊
  5. 「社会の木鐸」としての権力監視機能をまったく失ったマスメディアと司法
  6. アベノマスクに象徴される実質のない見掛け倒しの政策と失敗の数々
  7. 選挙に勝つためのなりふり構わぬ旧統一教会との癒着
 一介の庶民目線でまとめれば、こう言えよう。

 戦争ができる国づくりと原発推進によって国民の命と安全を脅かし、経済・金融政策の失敗により格差拡大を招き国民の生活を苦しめ、メディア統制と司法介入によって政権維持に不都合な情報を国民から覆い隠し、「やってる」感を示すだけの中味のない政策で国民をたぶらかし、裏で反社会的カルト教団と手を結んで国民をあざむいた。
 
 「国民のため」など1ミリも考えていない。
 どんだけ酷い政権だ。
 明らかにソルティの知る過去26人の首相の中で最低最悪で、これにくらべればロッキード事件で世を騒がせた田中角栄や指三本で芸者を買った宇野宗佑が天使に見えるほどである。

 安倍氏には経済政策におけるこだわりはほとんどなかった。大事なのは株価を上げて、選挙に勝つことだった。軍拡を進めて戦争ができる体制を作る。軍事力を背景に米国を筆頭とする西側列強の一員となり、憲法改正を実現するという目的のためには、とにかく長期政権が必要だ。その前提として、高い支持率の維持が至上命題だった。

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WikiImagesによるPixabayからの画像

 沈みゆくタイタニックJAPANを前に船外脱出する富裕層や若者も見られる中、それでも古賀は、日本再生のための道を提言する。
 次の4つだ。
  1.  現実を直視すること
  2.  過ちを認めること
  3.  過ちを分析して責任を取ること
  4.  新しい改革に取り組むこと
 こんな小学生でもできる当たり前のことを今さら言わなければならないくらいに、日本の中枢にいる大人たちはトチ狂っている。(あるいは、トチ狂っていないと日本の中枢には入り込めない)
 ああ、そうか。
 上記の4つを見ると、これはまさに太平洋戦争に際して大日本帝国の成し得なかったことと重なる。
 すなわち、最初から敗けると分かっている戦争をやり始めてしまった愚、敗けたと分かっても戦争を止められず原爆投下や沖縄戦に代表される凄まじい人的被害を招いてしまった愚。
 どうも日本人は科学的思考が身につかない国民のようだ。
 神風まかせの体質が抜けない。

 安倍氏が亡くなり、その妖術が解けてきたのか、我々はようやく現実を直視して真実が見えるようになってきたかもしれない。そして、安倍政治の過ちに気づくところにようやくたどり着いた。ここからが第3のステップ。責任の所在を明らかにし、選手交代を求める段階だ。その意味するところは政権交代である。

 現実直視するなら、いま野党で政権を担える体力・能力のあるところは(連立したとしても)ないと思う。
 次善の策として、自民党の中にいる「戦争絶対反対・脱原発・統一教会NG・夫婦別姓YES、同性婚OK」の議員たち(いるのか?)が自民党を出て新しい党を作ってくれたら、多くの国民はそこに流れ込むのではないかと思う。
 選挙区の自民党支持者を失わないために、なんなら「シン自民党」と名付けてもいい。
 政界再編が急務だ。

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おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損