1979年東宝
139分

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 横溝正史原作、石坂浩二主演の金田一耕助シリーズ第5弾。
 おどろおどろしい口調の「これが最後だ」というキャッチコピーが予告CMに使われていたが、実際には2006年のリメイク版『犬神家の一族』が最後となった。
 
 高校時代にリアルタイムで観たとき、かなり落胆したのを憶えている。
 とにかく話がわかりづらい。
 『犬神家』に輪をかけて家系図が複雑で、登場人物のセリフからだけでは到底理解できなかった。
 悲劇の背景を成す人間関係がよくつかめない。
 なので、悲惨な事件の因となった肝心かなめの犯人の秘密(=忌まわしい過去)もいま一つピンと来なかった。
 一つ一つの殺人シーンもリアリティを欠いている。
 たとえば、ギターで頭を殴られただけで絶命するピーター(現:池畑慎之介)の昆虫的脆弱性とか、ガラスの破片で自らの首を切りつけながら長々と恨みを口にするあおい輝彦のゾンビ的生命力とか、その首を凄まじい血しぶきを浴びながら斧で切断する佐久間良子の鬼子母神的怪力とか、ほとんどギャグ漫画の世界である。
 例によって、事件が起こるのを未然に防ぐことができない金田一耕助であるが、ここではなんと、「初めから犯人を知っていました」などとほざくのである。なんだそれ。
 いや、少年ソルティも映画を観る前から、佐久間良子(演じる法眼弥生)が犯人だろうと当たりをつけていましたけどね・・・・。

 風鈴のごと天井から吊るされた生首やら、死体のように生気のない婚礼衣装の花嫁(桜田淳子)やら、後頭部を殴られた上に水槽に顔を沈められて溺死する写真屋(小沢栄太郎)やら、ストーリーは二の次、ショッキングなシーンの連続で観客を引っ張っていくスプラッタ映画そのもの。
 もちろん、スケキヨ逆さ漬けの第1弾『犬神家』のときからその傾向は強かったけれど、まだ『犬神家』には味わうべき人間ドラマがあった。
 シリーズが進むごとに、人間ドラマとしての深みも、推理ドラマとしての愉しみも失われて、いかにして残虐な絵を作って観客を驚かせるかに焦点が移っていったのである。
 観終わって映画館をあとにしながら、「第4弾『女王蜂』で打ち止めにしておけば良かったのに・・・」と、高校生には痛い出費を惜しんだ。
 
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 今回、改めて本作を観ようと思ったのは、桜田淳子の演技がふと気になったからである。
 40数年前は、桜田淳子のヒロイン起用は、淳子ファンをはじめとする若い観客を呼び寄せるための“人寄せパンダ”と思っていた。
 せいぜいアイドル歌手の余技といった目で見ていた。(ソルティはどちらかと言えば百恵派=『時代』派であった)
 また、役者の演技の質を楽しむという見方もその頃のソルティにはできなかった。
 桜田淳子はその後、歌より芝居に力を入れるようになり、ミュージカル『アニーよ、銃をとれ』で役者として評価を高めた。
 これからますます女優として実力を身に着け花開くという時に、そしてソルティが女優としての桜田淳子の実力を確かめる機会をもつ前に、残念ながら彼女は旧統一教会にのめり込んでしまい、芸能活動を辞めてしまった。

 いま、冷静に本作の桜田淳子を観るに、芝居の巧さはアイドル歌手離れしている。
 堀ちえみや小泉今日子や松田聖子はおろか、当時ライバルと目され沢山の映画やTVドラマの主役を張っていた山口百恵をも凌駕している。
 テクニックの巧さというのではなく、役に没入できる能力が高い。(その憑依体質がカルト入信の因となったのだろうか)
 わがままで高飛車なお嬢様・法眼由香利と、やさしくてどこか淋しげなジャズシンガー・山内小雪との一人二役という難役をものともせず、両者をしっかりと演じ分け、しかも妖艶なまでに美しくて迫力がある。
 ジャズを英語で歌うシーンでは、本来の歌手としての高い才能が存分発揮されている。
 「淳子は歌が上手かったんだなあ」と再発見する思い。
 芸能界は実に貴重な歌手兼女優を失ったんだなあ~。

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 作品としては失敗作であるが、出演する役者たちが豪華で実力派ばかり。
 各人の芸や個性的魅力を楽しむだけでも観る価値がある。
 まず、犯人役の佐久間良子。華があり貫禄があり色気がある。昭和の銀幕女優のオーラがいかなるものか確認できる。
 『犬神家』で謎の復員兵を演じたあおい輝彦。生首出演には驚かされる。髭で覆われた容貌は、『どうする家康』に服部半蔵役で出演中の山田孝之そっくり。
 草刈正雄がコミカルな風来坊に扮している。これが実に自然に息づいていて、おどろおどろしく緊張を強いられる作品の“箸休め”となっている。ちょうど『犬神家』の坂口良子の位置だ。天下の二枚目で芝居の下手な草刈(あくまで当時)を道化役として起用した市川監督の慧眼が素晴らしい。
 『渡る世間は鬼ばかり』で女房の尻に敷かれる気弱な男を演じ、地味で冴えないイメージがある岡本信人。本シリーズのレギュラー等々力警部(加藤武)とのコンビで、杓子定規な部下を演じていて愉快。市川のような力ある演出家がいれば、この役者はもっと個性的魅力を打ち出せるはず。実力はあるのだから。
 白石加代子の語りの怖さ、大滝秀治の年季の入った渋さ、三木のり平の飄々とした滑稽味、常田富士男のとぼけた風情、いずれも一級の役者だけが持つ存在感と魅力。市川が役者たちを信頼し、役者たちもまた市川を尊敬していればこそ、こうした味のある芝居が生まれるのだろう。
 なにより嬉しい驚きは、伝説の大女優にして原節子と並び称される美貌の主だった入江たか子。出番こそ少ないけれど、登場するだけで悲劇の空気が立ち込めるのは、溝口健二監督に「化け猫女優」と揶揄された切ない過去を知ればこそ。
 原作者横溝正史夫妻の特別出演はご愛嬌である。
 
 昭和の役者たちの実力と個性的魅力、それを引き出す演出家の力量に唸らされた。





おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損