2021年早川書房
昨年11月に図書館予約したとき、53人待ちだった。
一ヶ月に2名が借りるとして、2年以上はかかるかと思っていたら、半年で順番が巡ってきた。
図書館が在庫数を増やしてくれたのである。
それでも今もまだ、新たに借りようとしたら30人以上待ちになる。
すごい人気である。
第11回アガサ・クリスティ賞受賞。
「あいさかとうま」は1985年生まれの男性である。
第2次世界大戦の独ソ戦(1941-1945)、ソ連が舞台である。
片やヒトラー率いる全体主義国家、片やスターリン率いる社会主義国家。
独裁国家同士の闘い。
平和な村に侵攻してきたドイツ兵に、母親や隣人を目の前で殺された16歳の少女セラフィマは、復讐を誓い、女性ばかりの狙撃兵訓練所に入る。
女性教官長イリーナの厳しい指導のもと、必要な知識と技術とタフネスを身につけ、最終過程まで残った4人の仲間とともに狙撃兵となり、実戦に送られる。
スターリングラードやケーニヒスベルグでの激しい戦闘で、仲間を失いながらも腕を磨き、数十名の敵を射殺し、いまや取材が来るほどの一人前の狙撃兵となったセラフィマ。
ついに、母親の仇のドイツ兵とあいまみえる時がやって来た・・・・。
本作の一番のポイントは、言うまでもなく、少女が主人公で、女性狙撃兵チームの戦いぶりが描かれている点である。
それはノーベル文学賞受賞のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチのノンフィクション『戦争は女の顔をしていない』にある通り、史実に則っている。
ソ連では多くの女性たちが自ら志願し、戦地に赴き、兵士として男たちと肩を並べ闘った。
いい悪いは別として、ジェンダー平等であった。
本作の主人公が少年であり、男性狙撃兵チームの物語であったのなら、この作品はおそらく陽の目を見ることはなかったであろう。
その類いの物語は、小説でもマンガでも映画でも、昔から掃いて捨てるほどある。
可憐な少女が銃を持つというヴィジュアルに、多くの男の読者は、『セーラー服と機関銃』の薬師丸ひろ子や『エヴェンゲリオン』の綾波レイや惣流アスカのイメージを重ねて萌えるのだろう。(主人公セラフィマの容姿についてはとくに描写されていないが、まず読者は、表紙の美少女を想定して読むことだろう)
一方、多くの女の読者は、軍隊という究極の男社会の中で、男どもに負けず、男どもを歯牙にもかけず、男どもを蹴散らして、男以上に活躍する彼女たちの姿を小気味よく感じるだろうし、女性ばかりのチームにおける友情や反目や恋愛というテーマに心躍らせると思う。(この作品、宝塚ミュージカル化したらヒット間違いなし)
『戦争は女の顔をしていない』同様、武器をもって男並みに闘う女性、殺した敵の数を勲章とするような女性に対する周囲の目を描いているところも、読みどころである。
敵を100人殺した男性兵士は、男の中の男であり、間違いなく国家の英雄として持て囃される。
敵を100人殺した女性兵士は、英雄と祭り上げられはするが、誰も近寄ろうとしない。嫁に貰おうとしない。
昨今のトランスジェンダーに対するバッシングに見るように、伝統的なジェンダーを逸脱する人間は、叩かれやすい。
女狙撃兵たちの戦後は、ともすれば、戦中よりも生きづらい。
一方、独ソ戦を舞台に少女スナイパーの苦難や活躍を描くだけでは、たとえ本作が狙撃や独ソ戦に関する綿密な調査を踏まえ、個性あるキャラクターたちや臨場感ある戦闘シーンを描き出すことに成功しているとしても、やはり、クリスティ賞受賞には至らなかったと思う。
本作にはある種の「どんでん返し」が仕掛けられており、それこそが本作をして、単なる男女の「とりかえばや物語」に終わらせずに『ガリバー旅行記』のような風刺小説の域まで高らしめ、読む者に衝撃を与えて作者のたくらみの妙に感心せしめ、ミステリーの女王の名を冠した賞の栄誉にふさわしいと納得させるトリックである。
ここまで“萌える少女戦記”として読んできた男たちの足元をすくう結末が待っている。
そのとき、『同志少女よ、敵を撃て』というタイトルの意味に、読者の胸は射抜かれよう。
正直、これを書いたのが女性ではなくて30代の男性であることに、ソルティは驚いた。
それこそ、読者の読みを最初から誤らせる、本作品最大のトリックかもしれない。
それこそ、読者の読みを最初から誤らせる、本作品最大のトリックかもしれない。
本書を存分に楽しむためには、スターリン独裁下のソ連、ヒトラー独裁下のドイツ、そして独ソ戦の概要を、ネットでざっと調べてから読み始めるのがおススメである。
半年待った甲斐はあった。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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