日時 2023年8月12日(土)16:00~
会場 サンパール荒川・大ホール
指揮 小崎 雅弘
演出 澤田 康子
合唱 荒川オペラ合唱団
バレエ 荒川オペラバレエ
管弦楽 荒川区民交響楽団
キャスト
アディーナ(ソプラノ):前川 依子
ネモリーノ(テノール):新堂 由暁
ベルコーレ(バリトン):秋本 健
ドゥルカマーラ(バス):鹿野 由之
ジャンネッタ:(ソプラノ):田谷野 望
原語上演・全2幕
荒川の夏の風物詩・荒川区民オペラ、4年ぶりに復活。
この『愛の妙薬』は、2020年夏に上演される予定だった。
まずもって再開(再会)を祝したい。
ソルティは2017年『蝶々夫人』、2018年『イル・トロヴァトーレ』を観ている。
指揮者と主要キャスト以外はアマチュアで占められているが、なかなかどうして、質の高い楽しい催しである。
アマならではの情熱と歓びと庶民性が舞台せましとほとばしって、現代では高尚で高価な娯楽というイメージを持たれ、いささか敷居の高くなったオペラを、大衆芸能というオペラ全盛期(19世紀)にそうであった位置に戻してくれる。
とくに今回の『愛の妙薬』は、筋立てがわかりやすく、管弦楽も複雑でなく、美しく親しみやすいメロディーがふんだんにあるので、普段オペラに接する習慣のあまりなさそうな客席の反応も良かったように思う。
何といっても、主要キャストの死で終わることが多い、つまりは悲劇の多いオペラ演目にあって、本作は肩の凝らないコメディであり、最後は恋人同士が結ばれる大団円。
コロナ明けを祝すにはぴったりの作品である。
ソルティは、2012年10月にメトロポリタン歌劇場でかかったアンナ・ネトレプコ&マシュー・ポレンザーニ出演の『愛の妙薬』を、松竹東劇のMETライブビューイングで鑑賞した。
生の舞台を観るのはこれがはじめて。
なにより思ったのは、「このオペラ、まさにベルカントなんだな~」ということ。
ベルカント(Bel Canto)すなわち「美しい歌」を響かせることに最大の目的を置いたリブレット(台本)であり、作詞・作曲技法であり、歌唱法であり、管弦楽である。
歌い手の美しい声と華麗な歌唱技術が十二分に発揮されるよう、観客がそれを十二分に楽しめるよう作られているのだ。
アディーナ役の前川依子の清冽な小川のように澄み切ったソプラノと軽やかなコロラトゥーラ、ネモリーノ役の新堂由暁の雲ひとつない秋空のような朗々たるテノールの輝き、ドゥルカマーラ役の鹿野由之のイタリア語の語感を見事に生かしながら諧謔を生み出すベテランの味。
それぞれが素晴らしいアリアを披露し、また重唱で絡み、次々とやってくる快楽の波。
あまりの気持ちよさに、夏バテで疲れていた心身は文字通りの夢見心地になった。
そう、ドニゼッティやベッリーニらのベルカントオペラの困った点は、音楽があまりに耳に心地よいのと、物語の筋があまりに荒唐無稽なので、途中で気が遠のいてしまうところ。
しかるに、作曲者の生きた当時の客は、上演中も客席で物を食ったりお喋りしたりして、アリアなどの聴きどころが来ると舞台に耳を傾けたという話もある。(何で読んだか忘れたが、アリアの前奏部分が歌い出しのメロディーとまったく同じであるのは、観客に「さあ、アリアが始まるぞ」と告知して舞台に集中させるためだったとか←確証なし)
現代では、上演中に客席で物を食ったりお喋りしたりはさすがに許されないので、イビキを立てずに仮眠するくらいは大目に見られたし。
思うに、夏バテだけでなく、今になってコロナ疲れが、3年余り続いた緊張からの弛緩という形で、浮上してきているのかもしれない。
その点でも、まことに癒される公演であった。
ちなみに、愛の妙薬とはボルドーワインのことである。