1967年東宝
157分、白黒
原作 大宅壮一編・半藤一利著『日本のいちばん長い日』
脚本 橋本忍

 ポツダム宣言受諾間際の大日本帝国首脳部のごたごたを描いた歴史ドラマ。
 とりわけ、終戦を受け入れられない陸軍青年将校たちが起こした8月14日深夜のクーデター未遂、いわゆる宮城事件がメインに描かれる。

 とにかく全編に漲る緊迫感が凄い!
 ドラマというよりドキュメンタリーのようなリアリティと臨場感に満ちていて、出だしから一気に引きずり込まれた。
 157分をまったく長いと感じなかった。
 政府や軍の様々な組織に属する多数の(実在した)人物が登場する錯綜した話を、見事に捌いた橋本忍の脚本。
 戦時下の空気を再現しつつサスペンスを持続させる岡本のダレのない演出。
 そして、東宝35周年記念作に、ここぞと集められた錚々たる役者陣の白熱した芝居。
 実に見ごたえあった。

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陸軍大臣(三船敏郎)と海軍大臣(山村聡)の火花散るやり取り
その奥に鈴木首相役の笠智衆がおっとり構えている
 
 昭和を代表する人気男優総出演とでも言いたいような顔触れに、斜陽化にあったとはいえ、名門東宝の底力を感じた。
 阿南惟幾(陸軍大臣)を演じる三船敏郎を筆頭に、鈴木貫太郎(内閣総理大臣)役の笠智衆、東郷茂徳(外務大臣)役の宮口精二、米内光政(海軍大臣)役の山村聡、昭和天皇役の八代目松本幸四郎、ほかに志村喬、加藤武、戸浦六宏、高橋悦史、黒沢年男、石山健二郎、藤田進、伊藤雄之助、天本英世、二本柳寛、中村伸郎、小林桂樹、児玉清、加東大介、加山雄三、ナレーターに仲代達矢。
 あたかも、黒澤映画と小津映画の男優陣合体のような贅沢さ。
 (一方、セリフのある女優は新珠三千代ただ一人)
 
 中でも、クーデターの首謀者となった畑中健二少佐を演じる黒沢年男の熱演に驚いた。
 ソルティの中で黒沢年男は、昭和45年(1978)に大ヒットした『時には娼婦のように』のふしだらな大人のイメージと、バラエティ番組の髭面にニッカ帽のボケキャライメージしかなく、役者としての実力を知らなかった。
 本作では、主役の三船敏郎を食うほどの鮮烈な印象を刻んでいる。

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上官(高橋悦史)に決起をうながす畑中(黒沢年男)
 
 また、予科練の少年達を扇動して鈴木首相暗殺を謀る狂気の軍人を天本英世が演じている。
 いつものことながら“面しろ怖すぎる”怪演。
 官邸と首相私邸の焼き討ち事件は実際にあったことで、首謀者の佐々木武雄は数年間潜伏して逃げ回ったのち、戦後は大山量士の名で世間に舞い戻り、「亜細亜友の会」を設立した。
 なんか無茶苦茶な人だ。

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佐々木武雄を演じる天本英世の禍々しさ

 ソルティは宮城事件も首相官邸焼き討ち事件もよくは知らなかったのだが、敗戦を受け入れるってのは実に大変なことだったのだ、とくに軍人にとっては身を切られるようなことだったのだ、と改めて思った。
 冷静な目で客観的に見れば、どうしたって本土決戦なんかできる余力はなく、ポツダム宣言を拒否して抵抗し続ければ、第2、第3の広島・長崎が誕生するのは明白だった。
 それこそ今度は皇居や大本営のある東京に落とされたかもしれなかった。
 そしたら国体護持どころの話ではない。
 思うに、暴走した軍人たちの胸のうちにあったのは、「敗北を認めるくらいなら、日本が滅んでもかまわない」だったのではなかろうか。
 ウクライナとロシアの例に見るまでもなく、戦争は始めるより終わらせるほうがずっと難しい。
 泥沼化は必至である。
 
 本作のクレジットでは原作大宅壮一となっているが、大宅はその名を貸しただけで、実際に執筆したのは当時『文藝春秋』編集者だった半藤一利だった。
 2015年に原田眞人監督の手により再映画化(松竹)されたバージョンでは、原作半藤一利と訂正されている。
 こちらも、役所広司、山崎努、本木雅弘、松坂桃李、松山ケンイチなど実力派豪華キャストを揃えている。
 見較べてみたい。



 
おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損