2020年韓国
99分

 卵売りのかたわら、死体処理など犯罪組織の雑用を請け負って暮らしているチャンボクとテイン。
 幼い頃両親と別れた10代のテインは、口を利くことができず、妹ムンジャとともにチャンボクの世話になっていた。
 ある日、誘拐された少女チョヒを身代金が支払われるまで預かる役を組織に言いつけられた二人。
 チャンボクに命じられ、テインは仕方なくチョヒを自分の小屋に連れていく。
 だが、チョヒの父親は身代金を支払おうとはしなかった。
 かくして、チョヒとテインとムンジャの疑似家族のような生活が始まる。

 まさに声も出ない傑作である。
 話の悲惨さ・エグさにもかかわらず、全編圧倒的な美しさに満ちている。
 これが長編映画デビューというホン・ウィジョン監督(1982年生まれの女性)の才能に感嘆した。
 韓国が舞台で、出演者は韓国人ばかりの生粋の韓国映画でありながら、アメリカ映画それもアメリカ西南部のロードムーヴィーのような印象を受ける。
 空間の広がり、明るく鮮やかな色彩、ボトルネックのギター。
 ヴィム・ヴェンダース監督の『パリ、テキサス』を想起させる。
 映画の美しさに撃たれるとき、人は国境も国籍も時代も超えることを証明してあまりない。

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世界映画史において最も美しいシーンの一つ
(さて、なんという映画でしょう?)
 
 口のきけないテインを演じるユ・アインの演技が素晴らしい。
 1986年生まれというから撮影当時すでに30歳を超えていたはずだが、福祉から見捨てられた無教養・無教育でぶっきらぼうの10代の青年になりきっている。
 セリフが与えられていないので、テインの気持ちや考えていることは、すべて表情や仕草で表現しなければならない。
 その難役をリアリティ豊かに演じ、観る者の共感を誘うことに成功している。
 どころか、セリフがないことが逆に、観る者がテインの内面に直接入り込み、テインと一つになることを可能にしているかのよう。
 韓国内に限らず、全世界の若い男優たちは、ユ・アインに嫉妬しなければいけない。

 これがいつの時代の話なのかわからないが、携帯電話が使われているからには少なくとも2000年以降だろう。
 韓国にはまだこんな地域、つまり一見美しく平和な田園風景が広がっているが、一皮むけば犯罪の温床で、棄民と反社会組織がタッグする無法地帯――が残っているのだろうか?
 日本にもかつてあったのは間違いないが、現代ではネットの中に移行したかのように見える。
 そこもまた声のない世界である。


 
おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損