2017年講談社
2022年文庫化

 主人公はアメリカ帰りの70代の私立探偵飛鳥井ナントカ(下の名前は不明)。
 シリーズ4冊目となる本作で初めて接した。
 タイトルに惹かれたのだが、残念ながら輪廻転生がテーマではなかった。

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 ミステリー作家としての笠井潔の力量は、名探偵矢吹駆シリーズの『サマー・アポカリプス』、『オイディプス症候群』で確認済みであったし、社会評論家および思想家としてのスタンスや彫りの深さは『8・15と3・11 戦後史の死角』、『新・戦争論 「世界内戦」の時代』で織り込み済みであった。
 ソルティは、“遅れてきた”キヨシファンを自認している。

 昔から本格ミステリーとペダントリー(衒学趣味、蘊蓄がたり)は相性が良い。
 黄金時代のヴァン・ダインとか世界的ベストセラーになったウンベルト・エコー著『薔薇の名前』とか、本邦なら小栗虫太郎や中井英夫や京極夏彦など、ペダントリー型ミステリーは枚挙にいとまない。
 その中にあって、笠井潔のペダントリーはユニークさにおいて突出している。
 笠井の場合のそれは、圧倒的な教養や学識のひけらかしによって探偵あるいは作家の優秀性を読者に知らしめるためだけでもなく、物語の主筋から読者の目をそらすことでトリックを覆い隠すためだけでもなく、マニアックな専門用語やオカルトなど非日常的言説の奔流によって雰囲気を醸して物語的効果を高めるためだけでもなく、たんに枚数を稼ぐためだけでもない。
 そのペダントリーの本質は、団塊の世代の社会運動家のちには思想家としての笠井潔自身の、人生をかけた凄まじい思想闘争の過程で産み落とされた月足らずの胎児たちである。
 つまり、笠井潔の思想の破片が物語のあちこちに散らばっている。
 逆に言えば、自らの思想を簡潔かつ効果的に表現し読者に伝達したいがために、ミステリーという形式を選んだという気さえする。
 これは笠井のライフワークと言われる矢吹駆シリーズにおいて特に顕著な特徴であろうが、本シリーズも例外ではない。
 「解説にかえて――笠井潔入門、一歩前」で批評家の杉田俊介が書いているように、飛鳥井シリーズの特徴は、本格探偵小説と政治・社会思想とハードボイルドが「モザイクのように組み合わさっている」ところにある。
 その政治・社会思想こそが笠井ミステリーにおける“血肉を伴った”ペダントリーなのである。

 その意味で、伝奇ロマンである『ヴァンパイヤー戦争』シリーズこそ未読なので分からないが、少なくとも笠井ミステリーは、読者を選ぶ。
 おそらく、ヴァン・ダインや中井英夫や京極夏彦よりずっと厳しく、読者を選別する。
 本格推理小説ファンの中でも、政治思潮や社会改革とくに戦後の内外の左翼運動に関心があり、国家権力に抵抗するためデモや署名活動などに参加したことのあるような読者こそ、選ばれた“キヨシ推し”であろう。
 って、ソルティではないか!

 60代の女性山科三奈子から飛鳥井が受けた依頼は、人探しであった。2015年7月15日国会議事堂前で行われた安保関連法案反対デモの動画を見た山科は、参加者の中に43年前に行方不明になった友人の昔のままに若い姿を発見したという。彼女は転生者なのか?
 半信半疑で依頼を引き受けた飛鳥井は、左翼活動盛んなりし43年前のクリスマスに、とある大学構内で起きた女子学生蒸発事件の真相を探る羽目になる。
 飛鳥井は、いまや高齢者となったかつての活動家たちをひとりひとり訪ね歩き、過去の事件の再構成を試みる。

 『サマー・アポカリプス』や『オイディプス症候群』同様、本作も単純に推理小説として読めば、それほど高いレベルにあるわけではない。
 トリックも特段凝っているわけでなく、真犯人や動機も意外性に富んでいるわけでもなく、探偵の推理が卓抜なわけでもない。(謎の出し方のうまさは抜群だ)
 ソルティをページに釘付けにし、下りるべき駅を乗り過ごしてしまったり、コーヒー一杯で暗くなるまでマクドナルドに留め置いたり、朝刊配達のバイクの音に我に返り慌てて本を閉じ枕に頭を落としたりと、強烈な磁力を発揮したのは、やはり笠井潔の思想性である。
 それすなわち、若い頃に革命を夢見て徒党を組んで闘った「左」の若者たちが、連合赤軍あさま山荘事件に象徴される決定的誤謬と挫折を経て、自分をどう“総括”し、どう社会と折り合いをつけ、どうその後の人生を展開してきたか。80年代のバブル景気、90年代のソ連崩壊やオウム真理教事件、2000年代の9.11同時多発テロやアフガニスタン紛争、2010年代の東日本大震災や安倍政権の横暴とどう向き合ってきたか。さらには、分断と凋落の進む現在の日本をどう見ているか。――ということへの関心である。
 いまだに革マル派を名乗り、赤いビラを配っている団塊世代。
 事あるたびに国会議事堂前に足を運び、シュプレヒコールを上げる団塊世代。
 就職を機に転向し、企業戦士として働き、退職して暇をもてあます団塊世代。
 若い時マルクスにかぶれたものの、マイホームをもって自民党支持になった団塊世代。
 政治運動から足を洗い、新興宗教に入信した団塊世代。
 そして、ラディカリストを自認し、「世界国家なき世界社会」を唱える笠井潔。 
 変わってしまった者と、変わらないままの者。
 その違いはどこにあるのだろう?
 解明すべきミステリーはそこにある。

 あの頃の生き方を あなたは忘れないで
 (荒井由実『卒業写真』)

 この小説の面白さは、老境を迎えた団塊の世代の一つのスケッチになっているところにある。

国会議事堂




おすすめ度 :★★★

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 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
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★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損