会場 リセウ大劇場(バルセロナ)
キャスト
- アンジェリーナ: ジョイス・ディドナード(メゾソプラノ)
- ドン・ラミーロ: ファン・ディエゴ・フローレス(テノール)
- ダンディーニ: デイヴィッド・メナンデス(バリトン)
- ドン・マニーフィコ: ブルーノ・デ・シモーネ(バス)
指揮 パトリック・サマーズ
オケ リセウ大劇場交響楽団
合唱 リセウ大劇場合唱団
演出 ジョアン・フォント
「チェネレントラ」とイタリア語で言うと、なんのことやら見当つかないと思うが、なんのことはない、「シンデレラ」である。
17世紀フランスの詩人シャルル・ペロー版の童話が知られているが、むしろいまや、ディズニー作と思っている人が多いのではなかろうか。
ソルティが子供の頃読んだ童話集の中では「灰かぶり姫」と題されていたと記憶する。
ロッシーニの作曲した39のオペラの中でも、『セヴィリアの理髪師』と並んで人気が高く、上演回数の多い作品である。
誰もが知っている楽しくわかりやすいストーリーに、ロッシーニならではの諧謔とスピード感に満ちた聴く者を興奮させる音楽が満載なので、オペラ初心者が観るには向いていると言えよう。
ただ、166分という上演時間をやや冗長に思うかもしれない。(もう少し切り込んで140分くらいに収めれば、もっとテンポが良くなるのになあ)
『チェネレントラ』のライヴ映像記録の定番にして最高峰は、なんと言っても、チェチリア・バルトリが主役をつとめた1995年11月のヒューストン・グランドオペラである。
驚異的なテクニックで今に続くロッシーニ・ルネッサンスの立役者の一人となったチェチリアの最盛期の声と、シンデレラの継父ドン・マニーフィコ役のバス歌手エンツォ・ダーラの滑稽にして存在感ある演技――往年のTBS人気ドラマ『寺内貫太郎一家』の小林亜星を思わせる――は、何回見ても引き込まれる。
頭の上に植物の鉢を乗せた意地悪な姉妹(クロリンダとティスベ)の対照的な体型の取り合わせも愉快だった。
これを凌ぐ『チェンレントラ』の舞台は現れないだろうと思っていたのだが、うれしい誤算、どんな分野にも前人を凌駕する新しい才能は生まれてくるものである。
ただ、本作の凄さの一番の要因は、タイトルロール(主役)ではない。
ジョイス・ディドナードはもちろん難のつけようない見事な歌唱で、その美貌と美声と優雅なたたずまいはシンデレラそのものである。コロラトゥーラの切れ味はチェチリアのほうが上回っているかもしれない。
ほかの主要な歌手たちもヒューストン版の同役の歌手たちと互角に渡り合っている。ドン・マニーフィコはエンツォ・ダーラの方がマンガチックな滑稽味あって面白いと思うが、これは好みの問題だろう。
本ライブの芸術的価値および記録的価値を高めているのは、王子ドン・ラミーロ役のファン・ディエゴ・フローレスに尽きる。
このときフローレスは35歳。まさにオペラ歌手として最盛期。
張りのある美声、磨き上げたベルカントのテクニック、貴公子そのものの凛々しい立ち居振る舞い、甘いマスク、周囲に漂う大谷翔平ばりのフェロモン・・・これほど御伽噺の王子様にピッタリの歌手はそうそういまい。
とりわけフローレスの十八番たる超絶高音の力強さと輝きたるや、「キング・オブ・ハイC」パヴァロッティも衝撃と嫉妬で痩せるんじゃないかと思うほど。
シンデレラの意地悪な姉妹たちは、女性の本音を探るために従者のフリをした王子ドン・ラミーロをけんもほろろに鼻であしらい、王子のフリをした従者ダンディーニに色目を使い積極的にモーションをかける――というのが本来の筋書きであるが、このフローレスを前にしたら、たいていの女性は、王妃の地位よりもイケメン従者の妻を選ぶんじゃなかろうか。(おっとセクハラチックな昭和発言)
フローレスに与えられた「現代最高のテノール」という称号の偽りでないことを知るには、本作を観るに(聴くに)如くはない。
本作はまた、演出が面白い。
明るく人工的な原色を多用したカラフルでポップな衣装や小道具、トランプの騎士のような家臣たちの制服とたたずまい、舞台狭しと走り回るネズミたち(男性役者が扮している)、鏡や影絵の使用。
「不思議の国のアリス」の世界を思わせるファンタスティックな舞台となっている。
シンデレラの住む古い屋敷はともかく、王子様の住む宮殿内をネズミがちょこまか走り回るのは不自然だし、ちょっとうるさい気がするのだが、最後まで見ると、「なるほど、そういうことか」と腑に落ちる。
御伽噺はあくまで御伽噺なのであった。
ウィキ「シンデレラ」によると、1900年(明治34年)に坪内逍遥が高等小学校の教科書掲載用に翻訳した際、題名は「おしん物語」だったとな。
2018年11月香川県観音寺にて撮影