2022年日本、フランス、フィリピン、カタール共同制作
112分

 満75歳になった国民は、自ら安楽死を選ぶことができる。
 ――という法律が決まった近未来の日本を描くSF社会派ドラマ。

 高齢者介護施設における虐殺シーンから始まる。
 高齢者に使われる莫大な社会保障費のせいで自らの生活が圧迫されている、と苛立った若者らが、全国各地で同じような事件を起こす。
 その解決策として、国が作ったのが、PLAN 75という制度。
 75歳以上の高齢者は、自らの意志で自らの人生に幕を引くことができる。
 もちろん、遺産や家財の整理、薬による安楽死、遺体処理や葬儀の手配まで、行政がしっかりサポートしてくれる。お金のある人は、民間による手厚いサポートも得られる。
 申請した人には支度金として一律10万円が支給される。
 78歳の角谷ミチ(倍賞千恵子)は身寄りのない未亡人で、ホテルの客室清掃員として働いていた。しかし、ある日、高齢を理由に解雇される。次の仕事も見つからず、生活保護にも抵抗あるミチは、ついにプラン75を申請する。

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 冒頭の介護施設での虐殺シーンが想起させるのは、2016年7月26日に相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた入所者大量殺傷事件であり、それをもとに作られた石井裕也監督の映画『』である。
 「生産性のない人間は生きている資格がない」という鬼畜テーゼをめぐる話という点で、両作は共通している。『月』では知的障害者、本作では高齢者がその対象である。
 しかも、びっくりしたことに、『月』で凶悪殺人者サトくん(植松聖がモデル)を演じた磯村勇斗が、本作にも出演している。
 時系列から言えば、本作の好演を観た石井監督が、磯村を『月』の殺人者役に抜擢したのであろう。
 本作では、PLAN 75の申請を高齢者に勧める真面目な公務員の役である。
 実際、非常に巧い役者であることが本作でも証明されている。
 若手男優ではトップなのではあるまいか。

 両作品が意図するところは、もちろん、鬼畜テーゼの肯定ではない。
 「生産性」という効率重視の経済用語によって、人間の生が量られてしまうことに対する批判であり、命の価値や生きることの意味を観る者に問いかけるところにある。
 そこを踏まえて両作品を比較したときに、本作の“志操の高さ”をこそ、ソルティは評価したい。
 暗くて煽情的でホラー映画まがいの『月』にくらべ、本作は淡々と静かに進行する。観る者を煽らない。
 が、随所に、『銀河ヒッチハイク・ガイド』のダグラス・アダムスばりのブラック・ユーモアが見られる。
 病院の待合室に流れるPLAN 75 のメリットを語る(あたかも公共広告機構CMのような)利用者インタビュー映像とか、「政府はPLAN 75の年齢引き下げの検討に入っています」なんてニュースの挿入とか、思わず笑ってしまった。(シリアスなドラマにしないで、全編ブラックコメディにしたほうが、面白かったのではないかな?)

 また、『月』では描き損ねていた「生産性のない」人間たちの生の営みが、本作ではしっかり描き込まれている。
 ミチが、同世代の職場の仲間たちとカラオケに行ったり、家に呼ばれて一緒に食事をしたり、PLAN 75で働く“終活カウンセラー”の若い女性を誘ってボウリングしたり思い出を語ったり・・・・・。
 このようななんてことない日常の生の営みが、「生産性」あるいは「自己決定」という金科玉条のもとに否定されていく過程が描かれていく。
 ミチを演じる倍賞千恵子の演技はとても素晴らしく、「ああ、日本にも『さざなみ』のシャーロット・ランプリングのような大人の芝居のできる女優がいたんだ!」、という発見があった。
 
 本作は、現代版『楢山節考』ということもできる。
 一定の年齢に達した老人を山に捨てる掟をもつ村の話、いわゆる姥捨て伝説。
 日本が本当に貧しくて、飢饉が防げなかった時代、そういったこともあったろう。
 木下惠介監督『楢山節考』では、老いた母親を雪山に置き去りにして来なければならない孝行息子の苦悩が描かれ、涙を誘う。
 平気で父親を谷に突き落とす酷い息子も登場するが、それは一部の例外であって、基本的には家族の愛情が謳われている。
 その点に、本作との違いを見ることができる。
 ミチは身寄りのない未亡人で、子供も孫も持たず、頼れる親族がいない。
 PLAN 75のスタッフをつとめる岡部ヒロム(磯村勇斗)は機能不全の家に育ち、幼い頃に父母は離婚、その後父親は亡くなり、母親は再婚し、いまは一人暮らしをしている。
 家族の崩壊、地域社会(地縁)の消滅という、戦後から令和にかけて進行した日本社会の変貌がそこにはある。
 現代社会の中で孤立した個々人を狙い撃つように、PLAN 75が清潔で優しい顔して浸透していく。

姨捨駅
 
 ひとつ安心してほしい。
 現実的には、PLAN 75は国会を通過することはないだろう。
 我が国の国会議員の平均年齢は60歳を超えているし、各世代ごとの投票率も年齢が高くなるほど上がるのだから。
 




おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損