2008年イギリス
96分

 北アイルランド紛争をテーマとするノンフィクション刑務所ドラマ。
 『SHAME シェイム』、『それでも夜は明ける』のスティーヴ・マックイーン監督の長編デビュー作であり、両作で主役を務めているマイケル・ファスベンダーが、強い意志でもってハンガーストライキをやり遂げる囚人を演じている。
 
 しばらく前まで、リアルタイムなイギリスを舞台にした小説を読んだり映画を観たりすると、決まって北アイルランド問題に触れられていた。
 IRA(アイルランド共和軍)とか、アルスター義勇軍(UVF)とか、血の日曜日事件とか、ロンドン地下鉄の爆弾テロとか、穏やかでない言葉が出現するたびに、「紳士の国とか言われるわりには物騒なところだな」、と思った。
 ソルティは2000年にロンドンを訪れる機会があって、その際にはじめて北アイルランド紛争について調べたのだが、とにかく紛争の歴史が長く、経緯も複雑で、よくわからなかった。(ウィキのない時代である)

 大雑把なところで、アイルランドという島がいろいろな因縁から、南部のカトリック派と北部のプロテスタント派に分かれてしまい、北部は同じプロテスタントである英国の一部となった。
 が、北部にもカトリックの人々がいて、その人たちは英国から離脱してのアイルランド統一を願った。
 そこで、親・英国のプロテスタント派と脱・英国のカトリック派が争うことになり、当然、英国は前者の、南部アイルランドは後者の味方につく・・・・という図式で理解した。

 面白い(といったら語弊があるが)のは、英国という巨大権力にプロテスト(抵抗)しているのがカトリックであるという逆説である。
 考えてみたら、かつてソ連であったウクライナの東部でいま起きていること――親・ロシア派と脱・ロシア派の対立――と構造的によく似ているのかもしれない。
 
google map より
 
 本作は、長きに渡る北アイルランド紛争の中で、1981年に発生した北アイルランドの刑務所内での出来事に焦点を当てている。
 アイルランド統一のために闘うIRAの若者たちが、親・英国側に捕らえられ収容されている。
 そこでは、囚人に対する凄まじい虐待がある一方で、祖国統一を夢見る囚人たちの不屈の精神によるレジスタンスが行われている。
 時の英国首相は、“鉄の女”マーガレット・サッチャーであった。

 カメラは前半、一致団結して抗議行動する囚人たちの様子を映していく。
 「自分たちはテロリストでも罪人でもない。祖国のために闘う政治活動家だ」という誇りから、囚人服の着用を拒み、寒い牢内でも素っ裸に毛布一枚で過ごす男たち。
 待遇の改善を求め、牢内に設置されているトイレを使わず、尿を通路に垂れ流し、便を壁に擦りつける。(これは絵的にキツイ!)
 それに対する刑務所側は、彼らを牢から引きずり出して、殴り、蹴り、突き飛ばし、体中の穴という穴を調べ尽くし、無理やり体を押えつけて髪を切り、浴槽に放り込んでデッキブラシで体を擦り上げる。
 その報復として、牢の外にいるIRAの仲間は、休日の刑務官をつけ狙い、銃で射殺する。
 暴力シーンの連続に、言葉を失う。
 セリフの少ないことが、暴力だけが支配する世界の残酷さを強調する。
 キリストはどこにいるのやら?
 
 囚人たちのリーダーであるボビー(演・マイケル・ファスベンダー)は、ついに、ハンガーストライキを決行する。
 映画の後半は、凄惨な餓死に至るボビーの様子が映し出される。
 やせ衰え、体中にひどい褥瘡(床ずれ)ができ、自力で立つ力を失い、最後は妄想のうちに家族に見守られながら息を引き取る。
 これは実際にあったことで、ボビー・サンズは1981年3月1日から5月5日までの66日間の絶食の果てに亡くなった。27歳だった。(ウィキペディア Bobby Sands より)
 
 介護施設で働いていたとき、自力で体を動かせなくなり、あちこちに褥瘡ができた高齢者をずいぶんと見た。
 褥瘡は、足のかかとや臀部や肩甲骨や肘など、寝具や椅子に触れる骨張ったところにできやすく、栄養失調や皮膚の湿潤により悪化する。
 ひどい場合は、タオルケットを掛けるくらいの圧力でさえ、悪化し、痛みを訴える。
 そんなときは、毛布が直接患部に触れないよう離被架(りひか)というアーチ状の架台を使う。
 映画の中で、骨と皮だけになったボビーが離被架を使っているのを見て、懐かしく思った。

りひか
離被架(りひか)

 刑務所で働く看護師たちは、ボビーの褥瘡に軟膏を塗ったり、柔らかい毛皮の敷物をマットの上に広げたり、離被架を使用したりと、プロに徹して必要なケアを施すのだが、最後まで決して、点滴で栄養補給することはしない。
 あくまで、ハンガーストライキを邪魔せず。たとえ死のうが、受刑者の自己決定を尊重する。
 こうした刑務所の(英国の)姿勢が、虐待の様相とちぐはぐで、なんだかおかしい。
 日本の刑務所だったら、どうするかな?
 
 1998年に英国とアイルランドの間で結ばれたベルファスト合意により、北アイルランド問題は一応の解決を見た。
 時の英国首相は、トニー・ブレアであった。





おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損