2022年ブラジル
108分

 1955~1971年にかけて、200万人を無償で治療したブラジルの心霊手術師ホセ・アリゴーを描いたノンフィクションドラマ。
 原題は、Predestinado, Arigo e o Espirito do Dr. Fritz 「運命、アリゴーとフリッツ医師の霊」

ホセアリゴー

 この医師の奇跡については、子供の頃(70年代)にテレビの超能力特集番組でよく観たものである。
 つのだじろうの漫画『うしろの百太郎』にも紹介されていた記憶があるし、手塚治虫『ブラックジャック』でも名前こそ挙げられていないが、心霊手術を行う外国人とBJとの対決がテーマになっていた回があった。(令和の人権感覚からすると、「ちょっとどうかな?」と思われるBJのセリフがある)

 そんなわけで、懐古趣味とオカルト的興味からの軽い気持ちでレンタルしたのであったが、開けてビックリ、とてもいい映画であった。
 それこそ、扇情的なバラエティ番組風のもの、ブラジル制作らしいベタで騒々しいタッチを予期していた。
 しかるに、真正面から人間を描いた正統派ドラマで、役者たちの演技も、脚本も、映像も、演出も、質が高い。
 とくに、アリゴーを演じる男優と、その妻役の女優の演技が、ともに主演賞レベルで見ごたえある。
 誇張や粉飾をせず、事実に忠実で丁寧なつくりも好感持てる。
 オカルト次元を超えてスピリチュアルに達していた。
 久しぶりに映画を観て、泣いた。

十字架

 子供の頃は、アリゴーの起こした奇跡にばかり目が向き、最大の関心事はその真偽にあった。奇跡は本物なのか、それとも何らかのトリックがあるのかってところに・・・。
 いま大人の目で、それが起こった当時のブラジルの騒ぎやアリゴーの周囲の人間模様を見るにつけ、「大人社会の難しさを子供の頃はなにも分かっていなかったなあ」、とつくづく思う。
 アリゴーを敵視する地元のカトリック神父や正規の医師たちの苛立ちや恐れ。
 国中から患者が押し寄せるアリゴーの集客力に目をつけて、営業に訪れる製薬会社の思惑。
 村の平凡な雑貨店の親父からカリスマ心霊治療師に変わってしまったアリゴーに、振り回されると同時に放っておかれる妻や子供たちのストレスや寂しさ。
 裁判に訴えられたアリゴーを裁く判事や、有罪となったアリゴーを収監する刑務官の心の動揺。
 なにより――平凡な生活を望んでいたのに、ドイツ人の医師フリッツの霊に憑依されて心霊治療師として生きざるを得なかったアリゴーの苦悩と、運命の受容。
 一つの奇跡のうしろに、こんなにもドラマがあることに思い及ばなかった。
(それにつけても、ネット時代の現在だったら、それこそ世界中を引っくり返すような騒ぎになるだろう)
 
 アリゴーは自らの死を予言していて、そのとおりに亡くなった。
 53歳だった。

 心霊手術の不思議より、運命の不可思議を味わうべき映画である。

 
 
おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損