1963年大映
109分

 これは市川崑の最高傑作と言っていい。
 ソルティ的には、「市川崑の一本を選べ」と言われたら、市川雷蔵主演の『炎上』、『破戒』でもなく、岸恵子主演の『おとうと』、『黒い十人の女』でもなく、大ヒットした『ビルマの竪琴』、『犬神家の一族』、『細雪』でもなく、本作を推したい。(『東京オリンピック』は未見)
 舶来好きスタイリッシュな映像作家としての市川の個性が爆発している。

 時代劇らしからぬ西洋芝居的な構図や演出。
 「これぞ市川印!」の細かく素早いカット割り。(一人二役の演出に役立っているのが面白い)
 光と闇の画家カラヴァッジョを思わせるライティングの冴え。
 細君である和田夏十の脚本とセリフの見事さ。
 もちろん、長谷川一夫300本記念映画に参集した大映スターの錚々たる顔触れ。
 山本富士子、若尾文子、市川雷蔵、勝新太郎、船越英二、八代目市川中車、二代目中村鴈治郎。
 完成度の高さは、大映の映画史上10本の指に入るのではあるまいか。
 市川崑の評価がこれ一作で爆上がりした。

IMG_20240222_033225
 
 本作は、長谷川にとって2度目の『雪之丞変化』。
 衣笠貞之助監督による1度目は、女形出身の美形役者だった20代後半の長谷川(当時の芸名は林長二郎)を押しも押されもせぬトップスターに押し上げた。
 つまり、当たり役である。
 「ミーハー」の語源は、当時の女性が熱狂した二つのもの――「つまめ」と「やし」――の頭文字をとったというのだから、人気のほどが知られよう。
 本作公開後、長谷川はあと一作出演して映画界を去った。
 つまり、花道を飾った作品と言える。
 
 舞台と違ってアップやバストショットの多い映画では、55歳という年齢はさすがに隠しようないものの、観ているうちにそれを忘れさせるのは、ほかでもない、長谷川の芸の高さ。 
 所作の美しさ、眼差しの艶っぽさ、立ち居振る舞いの優雅さ、セリフ回しの気品。
 しかも、女形と盗賊の一人二役を完璧に演じ分けている。(途中までソルティは別々の役者だと思っていた。市川の演出が上手すぎ!)
 女形役者では美輪明宏といい勝負である。(美輪サマも1970年にテレビで雪之丞を演じている。なんとか観たいものだ)
 雷さまも、勝新も、山本富士子も、若尾文子も、脇に回してしまう貫禄とオーラは、不世出の天才と言うにふさわしい。
 ただ一人、存在感で拮抗しているのは、憎々しい敵役に扮する二代目鴈治郎
 やっぱり、この人も天下の名優だ。

IMG_20240222_034013
雪之丞と闇太郎の二役を演じる長谷川一夫
おそらく中央の柱でフィルムをつないでいるのだろう
 
 それにつけても、不思議なるは日本の性愛文化
 長谷川一夫演じる雪之丞と若尾文子演じるお初は、恋い慕う間柄になる。
 女を演じる男(女形)と、その女形に恋する女。
 二人のラブシーンは、形の上ではレズビアンとしか見えない。
 外国人とくに西洋人がこれを理解できるのだろうか?
 こうした倒錯をなんてことなく楽しめる日本人って、すごいんじゃない?
 
IMG_20240222_035533
思いを打ち明けるお初(若尾文子)と雪之丞(長谷川一夫)



 
おすすめ度 :★★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損