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収録日時 2008年1月、2月
劇場   バイエルン国立歌劇場(ドイツ)
キャスト
  • ノルマ: エディタ・グルベローヴァ(ソプラノ)
  • ポリオーネ: ソラン・トドロヴィチ(テノール)
  • アダルジーザ: ソニア・ガナッシ(メゾソプラノ)
  • オロヴェーゾ: ロベルト・スカンディウィッツィ(バス)
指揮: フリードリヒ・ハイダー
演奏: バイエルン国立管弦楽団
合唱: バイエルン国立歌劇場合唱団

 2021年10月に亡くなったグルベローヴァの生涯最高作であり、これまでにさまざまなソプラノと指揮者によって映像化されてきた『ノルマ』の中でも指折りの傑作と言っていい。
 本作を超える『ノルマ』上演はなかなか現れまい。

 いったいに、この『ノルマ』というオペラは、ソプラノ歌手にとっての富士山かマッターホルンみたいな存在で、おいそれとは挑戦できない至難の、そして成功すれば輝かしい栄誉と達成感が待っている、特別な作品である。
 まず、誰にでも挑戦できるわけではない。
 ある程度のパワフルな声を持っていなければ、歌が瘦せてしまい、到底ドラマにならない。
 一方で、柔らかに朗々と、軽やかに煌々と、声を響かせるテクニックを持っていなければ、ベルリーニならではの世にも美しいメロディが生きてこない。
 恵まれた声と高度の技術を備えていなければならないのである。
 最初から最後まで、ほとんど舞台に出ずっぱりなので、体力と集中力は言わずもがな。

 そのうえに、複雑なキャラクターを説得力もって造形化するだけの演技力が要る。
  • 原始社会を生きる一族のカリスマ性ある巫女(卑弥呼のような)
  • 禁断の恋と嫉妬に身を灼く女(六条御息所のような)
  • 恋に苦しむ若い娘を優しく抱擁する姉
  • 愛する2人の子供をその手にかけようとする狂気の母
  • 威厳ある族長の娘
 いくつもの顔を持つ女性を演じ、歌い分けなければならないのである。
 到底、20代、30代の歌手ができるものではない。(マリア・カラスのような100年に1人の天才を除いて)
 歌だけが勝負のレコードやCDであれば、まだなんとかやりおおせるかもしれない。
 カラスの再来と言われたエレナ・スリオティスの1967年収録盤など、ソプラノ・ドラマティコ・タジリタの声質が精彩を放って、かなり聴きごたえある。 
 だが、容姿やスタイルや雰囲気や表情や動きが、すなわち役者としての真価が問われてしまう舞台(映像)ともなると、観客を十分満足させる『ノルマ』を生み出すのは至難の業なのである。

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カラスの『ノルマ』
(1954年5月収録、東芝EMI版)

 グルベローヴァは2006年のこのライブで、生涯はじめてノルマを舞台で演じた。
 それまで、ポリオーネ役やアダルジーザ役の他の歌手たちと共に演奏会形式で歌ってはきたが、満を持して舞台にかけたのは、なんと60歳のみぎりだった。
 これは二重の意味で驚きである。

 一つには、オペラ歌手は言うまでもなく声が命だが、人間の声の最盛期は40~50代くらいまでと言われているからである。
 高い声が出なくなるのはわかりやすいが、息も続かなくなってくるし、喉に痰がからみやすくなり、声も枯れてくる。(最近ソルティも咽やすい)
 60歳前に引退する歌手だって少なくない。
 なので、幸運にもノルマを歌う条件に恵まれているのであれば、40代くらいから歌い始めるのが常識的である。
 それが還暦になってやっと歌い始めるなんて!

 いま一つのさらなる驚きは、還暦にあってグルベローヴァの声がほとんど衰えていないことである。  
 高音も保たれているし、声も美しくのびやかである。
 若い頃から超絶技巧と評された驚異のテクニックはそのままに、一般に年を取るほど太くなっていく声帯の変化がドラマティックな響きの獲得に役立ち、ノルマを演じるのに十分な声の完成をみた。
 賢明なグルベローヴァは、喉を注意深く管理しながら、自らの声が熟するのを待っていたのである。

 さらには、このDVDの特典映像の中でグルベローヴァ自身が語っているように、「ノルマという役には人生経験が欠かせない」。
 禁断の恋のときめきと苦しみ、恍惚と罪悪感、嫉妬と怒り、未練とあきらめ、許しと超越、シスターフッド(姉妹愛)、母性愛、良心の呵責、父親へのつぐない、仲間たちへの責任・・・・いろんな感情を経験してこなければ、説得力ある役作りができない。
 グルベローヴァはその60年の人生で、ノルマを演じるのに必要な経験をあまさず蓄積してきたことが、このライブ映像で証明されている。
 逆に言えば、この『ノルマ』を演じるために彼女の60年はあったと言ってもいいほどの役との同化が達成されている。

 一つだけ例を上げる。
 第1幕の有名なノルマのアリア『カスタ・ディーヴァ』は、月の女神に感謝や祈りを捧げるとともに、支配者ローマへの敵意剥き出しになっているガリア人同胞たちの荒ぶる心を鎮めるために歌われる。
 2番の歌詞はこうである。

Tempra, o Diva,
Tempra tu de cori ardenti
Tempra ancora lo zelo audace,
Spargi in terra quella pace
Che regnar tu fai nel ciel

鎮めたまえ 月の女神よ
鎮めたまえ この湧き立つ心を
鎮めたまえ いまだ向こう見ずな情熱を
この地に平和を降りそそぎたまえ
天上に変わらぬ平和を
(ソルティ訳)


 今回グルベローヴァが歌っているのを見て、「あっ、そうか!」と今さらながら発見したのは、この2番は戦意に駆りたてられている男たちを諫めているのと同時に――あるいはそれ以上に、ポリオーネへの愛と疑いに揺れ動く自らの心に呼びかけているのであった。
 これまでカラスを含めいろいろなソプラノ歌手が『カスタ・ディーヴァ』を歌い演じているのを見聞きしていながら、そこに気づかなかった。
 そういった解釈を与えている舞台に出会わなかった。
 グルベローヴァは、明らかにそうした解釈を行い、観客にそれと分かるように演じている。
 それによって『カスタ・ディーヴァ』が、神を讃える美しい祈りの歌から、人間の心の葛藤を描く“演歌”へと様変わりするのである。
 指揮を務めているフリードリヒ・ハイダーは、公私ともにわたって長年、グルベローヴァのパートナーであったが、本公演の前年(2007年)に別れている。
 邪推すれば、ハイダーとの間にあったすったもんだすら、パフォーマンスに役立てているのかもしれない。
 この冒頭のアリアで衝撃を受け、あとはそのまま完全にグルベローヴァの手の内で転がされた。
 歌と芝居の見事な融合は、2時間半を超えるこのオペラを短く感じさせた。
 まったく驚くべき芸術家である。

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グルベローヴァ/オペラ・アリア集
(1989年、CBSソニー版)

 ポリオーネ役のソラン・トドロヴィチは、女にもてるローマ総督というキャラにあったハンサムな容姿と立派な体格の持ち主。歌声も堂々として、ラストでは繊細さを示す。
 ノルマの父親であり族長でもあるオロヴェーゾ役のロベルト・スカンディウィッツィ。威厳と貫禄で舞台を引き締める。
 アダルジーザ役のソニア・ガナッシが、グルベローヴァと互角に近いレベルで渡り合っているのは天晴れ。張りのある声が素晴らしく、声域も広い。ノルマとの二重唱はハーモニーの美しさに陶然とする。
 歌手の声やテクニックを十全に引き立てつつも、きびきびと進むハイダーの指揮も良い。
 オーソドックスながら、青を基調とした幻想的・象徴的な舞台演出が、歌と芝居の邪魔することなく、異教的な色合いを醸し出している。
 アルカイダを思わせる兵士たちの黒覆面と銃がちょっと奇妙であった。

 エディタ・グルベローヴァよ。
 この映像を遺してくれてありがとう。

利根運河の桜
親日家のグルベローヴァは桜を愛した