2023年日本
89分、白黒(パートカラー)
黒木華(くろきはる)という女優の芝居をちゃんと観たのは、今やっているNHK大河ドラマ『光る君へ』が初めて。
これがなかなか良い。
黒木が演じているのは、左大臣源雅信の娘・倫子(ともこ)で、藤原道長(柄本佑)の正妻である。
名門のお嬢様育ちのおっとりした気品、将来最高権力者の妻となるに十分な才覚と気配りの細やかさ、自ら望むものは貪欲に手に入れる果敢な行動力。
ドラマの上では、吉高由里子演じる主人公まひろ(のちの紫式部)とは身分違いの友人であり、道長をめぐる恋のライバルかつ勝者であるという、いわば、主人公の不幸な境遇を際立たせるコントラストな役割である。
まひろとの恋に破れた道長は、なかば捨て鉢気分で、文をかわしたことも話したこともない倫子と結婚する。互いに基盤を固めることが目的の権勢家同士の政略結婚で、少なくとも道長側に愛はない。
だが、道長はこの先、(沢山の子どもを作った史実が示すように)倫子を愛するようになるんだろうなあと、視聴者に思わせるに十分魅力的な倫子像を、黒木は作り上げている。
だが、道長はこの先、(沢山の子どもを作った史実が示すように)倫子を愛するようになるんだろうなあと、視聴者に思わせるに十分魅力的な倫子像を、黒木は作り上げている。
女優としては「とっても美人」というわけではなく、登場人物の中でロバート秋山竜次と並んでもっとも平安っぽい顔立ち(おかめ顔)である。
が、人好きのする、観る者をほっとさせる、どこか懐かしさを感じさせるたたずまいは、確かな演技力と相俟って、他に代えがたい存在感を放っている。
この存在感、誰かに似ているなあと思って、ハタと気づいた。
田中裕子である。
本作は、『どついたるねん』、『顔』、『闇の子供たち』の阪本順治監督の最新作ということで公開時から気になっていたのだが、ちょうど吉永小百合主演『北のカナリアたち』(2012年)という駄作を観てしまったあとだったので、敬遠してしまった。
もう阪本監督はダメなのかも・・・・と思っちゃったのだ。
だが、その後、本作が(日本アカデミー賞でなく)2023年キネ旬ベストワンに選ばれ、主演が黒木華であることを知って、思い切って借りてみたところ、とても良かった。
阪本監督、やっぱり名匠である。
江戸時代末期を舞台とする下町人情劇。
主人公は、かつて武士であった男の一人娘・おきく(黒木)と、二人の汚わい屋の若者、ヤスケ(池松壮亮)とチュウジ(寛一郎)。
汚わい屋とは、江戸の町から出る人びとの糞尿を桶に集めて郊外まで運び、肥料として百姓に売る仕事である。
当然、人びとからは忌み嫌われ、身分社会の底辺に位置づけられる。
おそらく、ヤスケとチュウジは非人であろう。
人びとの生活に無くてはならない重要な仕事でありながら、遠ざけられ、下に見られ、馬鹿にされ、ゴミのように扱われる汚わい屋という職業をリアリティもって描きながら、3人の若者の心の綾と交流を心あたたまる、しかし“くさくない”タッチで――ここ笑うところ――映像化している。
あえて白黒映画にしたのは、江戸時代の雰囲気をかもし出すためというより、やはり、糞尿てんこもりシーンが多いからであろう。
カラーでやられたら、きつすぎる。
カラーでやられたら、きつすぎる。
自然と想起するのは、役所広司が公衆トイレの清掃員に扮したヴィム・ヴェンダース監督『パーフェクト・デイズ』。
2023年はキネ旬の1位と2位を大便テーマが占めたという記念すべき年だったのである。
両作に共通するのは、「仕事に貴賎はない。どんな仕事であれ、与えられた仕事は使命感を持って全うせよ」ということであろう。
ヤスケ役の池松壮亮の演技が素晴らしい。
加東大介や蟹江敬三や前田吟のような滑稽味あるバイプレイヤーに育っていきそう。
チュウジ役の寛一郎は佐藤浩市の息子、すなわち、三國連太郎の孫。
大河ドラマ『鎌倉殿の十三人』の公暁役の好演が記憶に新しい。
本作では、おきくの父親を演じる佐藤浩一との親子共演が果たされている。
長屋の厠屋で大便を垂れる佐藤の傍らで、それを回収するのをじっと待つ寛。
ふたりの“通じあった”やりとりが楽しい。(ここ笑うところ)。
石橋蓮司、さすがの貫禄である。
ソルティが子供の頃(昭和40年代)、糞尿は身近にあった。
畑には肥溜めがあって、肥やしとして使われていた。
たまに誤ってそこに落ちる子どもがいて、しばらくその子は「エンガチョ」扱いされた。
家のトイレは汲み取り式、いわゆる「ボッッチャン便所」で、よく便つぼに物を落として困ったものである。
家の中でも外でも、空気中に糞尿の匂いが入り混じっていた。
今思えば、いろいろなウイルスや細菌が拡散され、人びとの体内に取り込まれ、日本人の抵抗力を養っていたのだろう。
そうした記憶があったればこそ、40代後半になって高齢者介護施設で働き始めたときに、排泄介助への抵抗がほとんどなかったのかもしれない。
“つまるところ”、人間の始めと終わりは、糞尿まみれなのだ。(ここ笑うところ)
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
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