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1947年原著刊行
1970年創元推理文庫(宇野利泰・訳)

 表題作含む5編から成る。
 ポオの短編を読むのははじめて。

妖魔の森の家
 扉ページの短い解説文で、「全作品を通じての白眉」、「ポオ以降の短編推理小説史上ベストテンに入る」と持ち上げられている。
 「どんだけのもんよ」
 さほど期待せずに読んだら、まったく驚かされた。
 トリックの奇抜さと叙述の巧みさとプロットの面白さが、見事に調合されている。
 ブラウン神父シリーズのいくつかの傑作に匹敵する怪奇性と仰天トリック。
 クリスティの『アクロイド殺し』を思わせるような、憎らしいほど卓抜な叙述。(もちろんフェアプレイである)
 長すぎず、短すぎず。
 人間消失のオカルトミステリーのつもりで読んでいたら、とんだスプラッタホラーに早変わり。
 中島河太郎による巻末の解説では、この短編を褒めちぎったエラリー・クイーンによる作品分析が紹介されている。
 同じ推理作家――それも読者に対するフェアプレイをとことん重視する本格推理の巨匠――の手によって露わにされた本作品の巧緻な構造、とくに読者の目の前に堂々と差し出しながらミスリーディングさせる仕掛けの数々に、再度ビックリする。
 こんな短編を一つでも書けたら、推理作家として本望であろう。

軽率だった夜盗
 夜中に屋敷に忍び込み、居間に飾られた名画を盗もうとした犯人の正体を暴いたら、それは屋敷の主人であった。
 いったい、なにがなにやら・・・?
 常識では説明のつかない不可解な現象を提示して、最後には納得のいく合理的説明をつけるところが、カーの独壇場である。

ある密室
 これも同様。密室で後頭部を鈍器で殴られた男は、一命を取り留めると、こう証言する。
「部屋には自分一人しかいなかったし、誰も入って来なかった」
 カーの編み出す不可能トリックの面白い点は、『軽率だった夜盗』のような不可解なシチュエイション、あるいは本作の密室のような不可能犯罪が成立する理由が、犯人のトリックがみごと成功したからではなくて、思わぬ障害が入ってトリックがうまくいかなかった結果として、犯人も予想しない形で生じてしまった――というところにある。
 考えてみれば、人を殺してわざわざ密室にする理由なぞ、自殺を偽装するくらいしかない。
 偶然、密室が生じてしまったことの理由付けこそが、肝なのだ。

赤いカツラの手がかり
 公園のベンチで発見された女性の死体は、裸のままきちんと座っていて、その横にはたたんだ衣服やカツラが置いてあった。
 これも不可解なシチュエイションの謎を解くのが主筋。
 英国人らしく寡黙で冷静なアダム・ベル警視と、はねっかえりのフランス人ジャーナリストのジャクリーヌの英仏コンビが楽しい。
 このコンビで(恋愛の進行を絡めて)連作してほしかった。

第三の銃弾
 これは中編。
 ペイジ刑事の目の前で、二つの銃声が響き、殺人が発生した。
 しかし、殺された元判事の体から発見された銃弾は、容疑者の撃った銃によるものでも、現場に落ちていたもう一つの銃によるものでもなかった。 
 現場となった部屋には、被害者と容疑者しかいなかった。
 いったい、これをどう解く?
 謎が錯綜し、手がかりが次々と現れ、もう一つ殺人が起こり、事件は混迷化する。
 ちょっと話を複雑にし過ぎて、読んでいてわけが分からなくなる。
 謎の解明もかなり強引。
 これは失敗作かな。

 カーは長編だけでなく、短編も魅力ある。
 しばらくはカーマニアになりそうだ。




おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損