1943年イギリス
163分

老兵は死なず

 原題は The Life and Death of Colonel Blimp 『ブリンプ大佐の生と死』
 ブリンプ大佐は当時英国で人気を博した漫画の主人公で、「頭の固い保守的な人間」を揶揄する慣用句である。
 本作の主人公の名はクライブ・キャンディであり、ブリンプ大佐が登場するわけではない。
 生涯、大英帝国軍人であったクライブは、年老いて、「頭の固い保守的な人間」と周囲から煙たがれるようになったのである。
 邦題『老兵は死なず』は、ダグラス・マッカーサーの退任演説の中で使用された一節「老兵は死なず、消え去るのみ」として有名になったが、もともとは英国陸軍の将兵たちの間で流行った替え歌らしい。
 これ以上内容にふさわしい邦題は考えられまい。

 2時間40分超えという上映時間に加え、英国の近現代史――およそ19世紀末から20世紀半ばの対外戦争史――についてある程度知っていないと、ストーリーを理解するのが難しい。
 この作品、英国では、「業界人が選んだ英国映画ベスト100」の14位に上げられているほど評価が高いのだが、日本でそれほど知られていないのは上記の理由によるものだろう。

 ボーア戦争の英雄として南アフリカから帰還した若きクライブは、英国の元捕虜だったドイツ兵が英国を貶める悪口を巻き散らしているのを、ドイツ在住の英国女性エディスの手紙で知り、政府の許可を得ずドイツに飛び立つ。
 エディスの協力のもと現地のカフェで元捕虜と再会するも事態は紛糾し、なぜかクライブは面識のないドイツ兵テオと決闘することになってしまう。
 細かなルールに則った紳士同士の決闘の結果、二人は大怪我するが、それを機に親友となる。
 英国兵クライブ(ロジャー・リヴゼイ)とドイツ兵テオ(アントン・ウォルブルック)、そしてクライブでなくテオを生涯の伴侶として選んだエディス(デボラ・カー)、3人の関係が物語の主軸となる。
 
 映画の最初のほうで、コナン・ドイルの名前が出て来る。
 名探偵シャーロック・ホームズの生みの親であるコナン・ドイルは、ボーア戦争に医師として従軍したのである。
 映画の最後にはアドルフ・ヒトラーの名前が出て来る。
 ボーア戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦。
 愛国心に満ち、戦うことしか知らない職業軍人が成り立つ時代であった。
 
 英国とドイツは二つの世界大戦で闘い、二つとも英国側が勝利した。
 第一次大戦で英国の捕虜になったテオに会うためクライブは収容所に行くが、テオは屈辱から会おうとしない。
 そのテオも、ナチスが政権をとると、英国への亡命を決意する。
 妻エディスは亡くなり、息子二人はナチスの親衛隊に加わっていた。
 スパイではないかと疑われ亡命手続きが難航するところに、すでに軍の有力者になっていたクライブが現れ、テオは救われる。
 クライブは告白する。
 「実は、おれはエディスが好きだった。あれからずっと彼女の面影を追っていた」
 テオはビックリする。
 「英国の男がこんなにロマンチストだとは知らなかった」
 クライブとテオ、二人の男の国籍を超えた友情が感動的である。
 
 年老いたクライブは第二次大戦では一線を退き、若い兵たちの教育係をつとめる。
 ある日、クライブら幹部クラスと若い兵たちとの間で実戦を模した軍事演習が行われることになった。
 開始時刻は今夜0時。
 しかし、若い兵らは時間を無視し、0時前に幹部クラスの憩う浴場施設に軍服のまま乗り込み、裸のクライブを捕獲する。
 「今夜0時開始の約束ではないか!」
 憤るクライブに若い兵は言う。
 「実戦ではルールなんか意味ない」
 クライブは自らの価値観が今や通じなくなったことを悟る。
 
 このエピソードが面白いのは、第一次大戦までどうにか続いていた「一定のルールに則ったゲームとしての戦争」という概念が、第二次大戦以降、通用しなくなったことを示唆しているからである。
 笠井潔が『新・戦争論』の中で述べているように、国際法というルールの下で“紳士的”に行われた国民戦争は、日露戦争(1904~5)を最後に途絶えた。
 それでも、ルノワールの映画『大いなる幻影』にみるように、第一次大戦まではまだハーグ陸戦条約すなわち戦時国際法がまがりなりにも機能していた。
 クライブとテオの古式ゆかしい決闘の描写は、まさにそうした失われた文化を象徴している。 
 しかし、第二次大戦はもはやルールもへったくれもない「仁義なき戦い」であった。
 ナチスドイツや大日本帝国の捕虜への仕打ちを持ち出すまでもない。
 ナチスの魔の手から逃れてきたテオは言う。
「きみたちは常に紳士たれと教育されてきた。しかしだ、クライヴ。今度の戦争は違う。自身の生存のために闘わねば。人間の醜さが作り上げた最悪の思想が敵だ――ナチズム」 
 若い頃にクライブが骨の髄まで身につけた戦争観は、もはや「頭の固い保守的な人間」の世迷言に過ぎなくなったのである。


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Michael BußmannによるPixabayからの画像 


 
おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損