1989年東京創元社
2018年光文社文庫

IMG_20240420_123715


 やっとこの伝説の奇書を読了した。
 長年、読もう読もうと思いながら、なぜか機会がなかった。
 死ぬ前に読めてよかった。
 いや、死んでからでも遅くなかったのか(笑)
 
 2017年刊行されベストセラーとなり映画化された今村昌弘著『屍人荘の殺人』は、本作がなければ出現しなかったのは間違いあるまい。
 ゾンビミステリーの元祖にして金字塔、日本いや世界のミステリー史において空前絶後のユニークさで独立峰のごとく聳え立っているのが、山口雅也のデビュー長編となった本作である。
 山口雅也の名はこの一作だけでも残るであろう。
 
 アメリカのニューイングランド州を舞台にしたこと一つとっても、作者の並々ならぬチャレンジ精神は伺える。
 『バイバイ、エンジェル』を皮切りにフランスを舞台にした連作ミステリーを発表していた笠井潔が実際にフランスに数年間住んでいたのとは違い、本作執筆以前、山口はアメリカで生活した経験はなかったようだ。(上巻巻末の遊井かなめによる著者インタビューによる)
 アメリカ文化に関する偏愛と造詣の深さが創作を可能たらしめたのだろう。
 とりわけ、本作ではロックンロールやアメ車をはじめとする英米ポップカルチャーからの引用や言葉遊びが目白押しで、その手のものが好きな読者にはたまらない喜びをもたらすこと請け合い。
 ソルティは大学でアメリカ文学を専攻したにも関わらず、ポップカルチャーに詳しくなく、そこは乗り切れず残念であった。
 
 最大のチャレンジはもちろん、ゾンビ設定。
 死んだ人間がよみがえる世界を前提とした“物語”であることだ。
 「死人に口なし」だからこそ、人は他人を殺すという誘惑にかられ危険を冒す。
 「死人に口なし」だからこそ、探偵や警察は被害者の代わりとなって犯人を捜す。
 推理小説の大前提であるお約束――というかこの世の法則を破壊したところに、この小説の登場人物たちは生きている。あるいは、死んでいる。
 で、「どう考えたって推理小説として成り立たないでしょ」という読者の先入観を見事裏切って、立派な本格推理小説として成り立ってしまっているところが、本作の凄さである。
 つまり、「どうせ生き返るのなら、人を殺しても意味ないじゃん」、「一所懸命推理して犯人を見つけても、それがすでに死者だったら、捕まえることにどんな意味がある?」という登場人物たちや読者が当然抱くであろうナンセンスを、如何にして乗り越えるかという点にこそ、作者のたくらみとテクニックの冴えはある。
 構成の緻密さ、伏線の配置と回収のスマートさは、本書を2度読み、3度読みする喜びを与えてくれる。
 実に念入りに筋書きが組み立てられているのだが、叙述は自然で作為的な感じがない。
 すべての謎が解明され、すべての伏線が回収されるとき、読者は驚きとともに“生まれ変わったような”爽快感を味わうだろう。
 
 ソルティも最後には感嘆し、作者の技量に舌を巻いた。
 が、告白すれば、読み進めるのに結構忍耐が要った。
 3分の2くらいまで、「なかなか面白くならないなあ」と思いながら、読んでいた。
 その理由を説明するには、本作最大のトリックの種明かしをしなければならないので、言わないでおく。
 しいて言えば、一見、なにごとも起きていないように見える登場人物たちの日常の背後で、事件はすでに起きているのだが、それが隠されているため、表面上は平穏な日常描写がだらだらと続く。
 一体、いつになったら事件は起こるのか?――と、気の短い読者はイライラする。
 が、そこはじっと我慢。
 頑張って最後まで読んで、すべての謎が解明してからもう一度読み返すと、平穏な日常描写と思われたものが全然平穏でなかったことを知り、「してやられた!」と思うのである。

 ソルティでさえ、一度ならず途中で放り投げようかと思った。
 脱落する読者は意外と多いのではないかと思う。
 最後まで読み通せば必ず驚きが待っている。
 途中挫折するのはもったいない。
 まるで四国遍路のようなミステリー。
  
焼山寺近くの道
考えてみたら、お遍路さんは「生ける屍」のような存在かもしれない


 
  
おすすめ度 :★★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損