1951年新東宝
87分、カラー
神保町シアターで鑑賞。
銀座のバーで働く子持ちの女性・雪子(田中絹代)を主人公とする風俗映画。
それなりの稼ぎある堅気の男と結婚し、子供を産み育て、幸せな家庭を作る。
そういった世間一般の“普通”の女性が夢見、辿っていく“普通”のコースからはずれてしまった水商売の女の苦労を描いているぶんには、悲劇とは言えないまでも、社会派リアリズムの深刻さをまとっているのだが、全編ユーモアラスなタッチであり、ときに観客の笑いを引き出すような楽しい作品に仕上がっている。
雪子が持っている藤村詩集をみた家主が、雪子の前夫である藤村さんの「詩集」と勘違いするくだりや、田舎から出てきた真面目な青年をもてなすために水商売の女であることを隠し戦争未亡人になりすますエピソードなど、客席で吹きだすことたびたび。
成瀬巳喜男がこれほど滑稽映画がうまいとは知らなかった。
昭和20年代半ば、戦後まもない銀座の風景が“新鮮”。
和光こそ、今の位置(銀座4丁目交差点)にあって今の時計台の風情を伝えているなあと思って観ていたが、戦後和光ビルはGHQに接収され、1952年12月まで服部時計店は銀座5丁目の仮営業所で営業していたという。
本作に登場する和光はGHQ所有下にあったのだ。
銀座通りを都電が走り、賑やかなビル街をちょっと抜ければ、朝顔・打ち水が似合うような下町が広がり、たくさんの子供たちが路上を駆けまわり、築地にある旅館から見上げる夜空には北斗星はおろかアンドロメダやカシオペアが輝く。
高峰三枝子主演の『懐かしのブルース』同様、本作でも東野英二郎がいやらしい戦後成金・菅野を演じていて、お金を融通してあげる代わりに雪子を抱こうと画策する。
欲望丸出しの菅野が雪子を引っ張り込んだのは、彼の会社の倉庫。
旅館を使うのがもったいないからと倉庫の中で××しようという下卑た根性が笑わせる。
(結局、雪子に逃げられてしまうのだが)
雪子の妹分のホステス京子を演じるのは当時二十歳の香川京子。
そのホステスらしからぬ清らかな美しさは眼福ものであるが、やっぱり、本作で深く印象に刻まれるのは、田中絹代の巧さである。
年下の真面目な青年に惹かれ新たな恋を予感する中年女の心情。
それが妹分の京子に奪われていく際の嫉妬とせつなさ。
行方不明になった息子を必死に探す母親の狂おしい表情と、無事見つかったときの怒りと安堵と喜びが入り混じった複雑な表情。
田中の表情演技は、観る者に雪子の心のありようをまざまざと伝える。
まさに至高の芸がそこにある。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損