1957年日活
110分、白黒

 この映画、たいへん評価が高い。
 1989年文藝春秋発行『大アンケートによる日本映画ベスト150』では第9位に選ばれている。
 2009年『キネマ旬報』創刊90周年記念「映画人が選ぶオールタイムベスト100・日本映画編」では第4位に選ばれている。
 45歳という若さで世を去った川島雄三の代表作として、また50年代日本映画黄金期の傑作の一つとして、すでに揺るぎない地位を占めている。
 
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 ソルティは20代にレンタルビデオ店で借りたVHSテープで観たのだが、画質も音声もあまりにひどく、最初の30分くらいで観るのを止めてしまった。
 その最初の30分がまた、ちっとも面白くなかった。
 舞台となっているのは幕末の品川宿の遊郭なのだが、物語がなかなか始まらない。
 遊郭の女郎たちと客たちが馬鹿騒ぎし、むさ苦しい侍たちが一部屋にこもってなにやら密談めいたことをしている。
 侍の一人を演じているのが石原裕次郎。
 侍姿がまったく板につかず、観ているこちらの怒りを呼ぶほど芝居が下手。
 大物を気取る馬鹿笑いにも辟易させられた。
 本作品に対する個人的印象は最悪で、再度鑑賞する気も起きなかった。
 
 ソルティは近所のゲオで映画を借りているのだが、行くたびにDVDコーナーが縮小され、陳列棚の作品が減っている。
 オンライン配信が主流の時代、場所代や人件費がかかる店舗は採算が合わないのだろう。
 たしかに、いつ行っても客は数えるほどしかいない。
 とりわけ若者の姿をほんとうに見かけなくなった。
 アダルトDVDコーナーをたまに覗くと、ネットを使いこなすのが不得手そうな高齢男性ばかりが品定めに熱中している。
 ライバルのTUTAYAも閉店が相次いでいる。
 お店で観たい映画を探してレンタルする時代は、終わりを告げるのだろう。
 たくさんの作品が並ぶ棚のあいだを渉猟して、思いがけない傑作や怪作や珍作を発見するのが大きな楽しみだったのに・・・。
 またひとつ昭和が遠ざかる。

 そんなわけで、次に来店した時にはこの昭和の旧作も置いてないかもしれない。
 いや店自体も、無くなっているかもしれない。
 そう思って、35年ぶりに本作をレンタルした。

 さすがに令和。
 画質や音声は信じがたいほど向上していた。
 つまらないと思った最初の30分を超えて、最後までしっかり観ることができた。
 物語がなかなか始まらないと思ったのには無理もなく、これはグランドホテル形式の作品なのだった。
 グランドホテル形式というのは、グレタ・ガルボ主演『グランドホテル』(1932年)から取られた言葉である。
 通常の映画のように、特定の主人公をめぐる一つの物語を描くのとは違って、ホテルのような大勢の人が集まる場所で、複数の登場人物のそれぞれの人生ドラマを同時並行的に描いていく形式である。
 そういう意味では、真の主役はさまざまな物語の舞台となる遊郭『相模屋』である。
 『相模屋』に集まるさまざまな人々――女郎、店の主人一家、雇い人、出入りの商人、常連客、尊王攘夷を企む藩士たち、博打で作った借金のカタに娘を女郎屋に売ろうとする親父など――が巻き起こす悲喜劇が、全般的に滑稽なタッチで描かれる。
 『三枚起請』、『品川心中』といった古典落語のネタがいくつかのエピソードのもとになっているところからわかるように、幕末当時の遊郭をリアリズムの視点で描いた歴史映画あるいは風俗映画と言うのとは、いささか趣きが異なる。
 作品全体が一本の落語のようなのだ。
 
 その中で狂言回しとなるのが、肺病持ちで手先の器用な佐平次、演じるはフランキー堺である。
 これが一世一代の名演。
 三枚目で、剽軽で闊達自在、図々しく抜け目ない、典型的“陽キャ”の明るさの裏に死を見据えている、複雑で魅力的な人物像を造り上げている。
 佐平次の生きることへの執着は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)に冒されていた川島監督自身の分身ゆえなのだろう。
 人気一番の女郎こはるを演じる南田洋子も清々しいまでのなりきり演技。
 女優としてはあまり目立たなかったが、南田は美人だし、色っぽいし、芝居も上手い。
 『青い山脈』の芸者梅太郎や『ハウス』の妖怪女主人なんか、とても良かった。
 ライバル女郎おそめ役の左幸子とのつかみ合いの大喧嘩シーンは見物である。(ここのキャメラは上手い)

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左から、南田洋子、左幸子、フランキー堺

 ほか、相模屋の主人夫婦の金子信雄と山岡久乃、やり手ばばあの菅井きん、おそめと心中未遂するあばたの金造の小沢昭一など、芸達者な役者陣が脇をしっかり締めている。
 一方、日活アクション映画からの出演組――石原裕次郎、芦川いづみ、岡田真澄、二谷英明――は、時代劇の空間から浮き上がって、芝居的には見るも無残。(小林旭だけは溶け込んでいる)
 が、そのチグハグぶりが、遊女の人身売買の悲惨や、高杉晋作ら尊皇攘夷志士の狂気といった社会的リアリズムに陥ることから作品を救い上げ、監督の狙い通りの適度なスラップスティック人情ドラマの領域に保持させている。
 
 35年ぶりに観たら、面白かった。
 よくできていると感心した。
 けれど、これが日本映画オールタイムベスト10位以内ってのは、いくらなんでも持ち上げすぎ。
 夭折の天才・川島雄三および石原裕次郎の名前にほだされた選者が多かったためではなかろうか?
 まあ、50位以内なら納得しないでもない。
 川島なら若尾文子と組んだ『しとやかな獣』が一番ではないか。





おすすめ度 :★★★

★★★★★ 
もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損