1979年東映
154分
高木彬光原作のミステリーにしてピカレスクロマン(悪漢ドラマ)。
公開時、「狼は生きろ、豚は死ね」のキャッチコピーが話題となった。
村川透監督は、『蘇える金狼』、『野獣死すべし』など松田優作とのコンビによるハードボイルド映画やTVドラマ『あぶない刑事』の演出で気を吐いた。
「悪」を描くのが上手い人である。
本作の主人公鶴岡七郎(演・夏八木勲)も、「悪」のために「悪」を重ねるサイコパスのような男で、東大法学部出身の切れる頭脳を企業相手の手形詐欺に用い、巧妙な手段で巨額な富を手に入れていく。
一方、私生活では友人を失い、妻や愛人は自殺を遂げ、孤独な人生を強いられる。
「正義は勝つ」「勧善懲悪」のラストではないので、人によっては受け入れがたいストーリーかもしれない。
が、「そのようにしか生きられない」鶴岡の哀しい宿縁が、渋く手堅い夏八木の演技と虚無的風貌によって描き出されている。
実際、犯罪が成功しようが、何億という大金を手にしようが、美しい女たちに命がけで愛されようが、鶴岡はまったく笑顔を見せない。
鶴岡が破顔一笑する唯一のシーンは、外国人神父が主宰する教会を利用して手形詐欺を働いたが失敗し逮捕された仲間が、件の神父の説教によって改心したと聞いた時である。
彼は神も悪魔も信じない無神論者なのである。
映画の中では描かれていないが、おそらくその背景には昭和20年代という時代的要因、すなわち太平洋戦争時の従軍体験や、鶴岡の生い立ちが関係しているのだろう。
鶴岡を演じる夏八木勲がすばらしい。(この映画の頃は夏木勲と名乗っていた)
この役者はどちらかと言えば地味な風貌で、脇役で光るタイプだった。
主役を演じるのを観たのはこれが初めてかもしれない。
本作はこの人の“生涯の一本”と言っても過言ではなかろう。
(2012年に園子温監督『希望の国』で主演しているが未見)
共演者がまた魅力的。
鶴岡の愛人を演じる島田陽子の美しさ。
考えてみたら、島田は『砂の器』、『犬神家の一族』、TVドラマ『氷点』、『白い巨塔』など、犯罪ドラマのイメージが強い。
どこか淋し気な陰のある美人という役が似合っていた。
銀幕の匂いを感じさせる最後の世代の女優であった。
鶴岡の同窓生にして相棒である九鬼を演じるは、先日81歳で亡くなった中尾彬。
本作をレンタルしたのは訃報の前で、中尾が出演していることは知らなかった。
思いがけず、中尾をその代表作によって偲ぶことになった。
30代の中尾はトッチャン坊やのような初々しさがあり、後年バラエティや池波志乃とのCMで観たようなふてぶてしさはない。
ただ、さすがに学ラン姿の大学生役はきびしい。
ほか、鶴岡の妻役の丘みつ子、ひたすらカッコいい「悪」の先輩千葉真一、ガッツ石松、佐藤蛾次郎、コミカル担当の藤岡琢也、長門勇、佐藤慶、鈴木ヒロミツ、成田三樹夫、丹波哲郎、西田敏行、柴田恭兵、嵐寛寿郎、明智小五郎にしか見えない刑事役の天知茂、室田日出男、伊吹吾郎、バーのママ役がはまる沢たまき、音楽も担当しているダウン・タウン・ブギウギ・バンド(宇崎竜童)など、個性的な出演陣に目が眩む。
プロデューサーの角川春樹、原作者の高木彬光がチョイ役で出ているのは、角川映画のお約束である。
この映画の時代背景は1950年代の戦後間もない混乱期の日本なのだが、今(2024年現在)観ると、作られた当時つまり1970年代後半の日本の匂いをビンビンと感じる。
40分に一度はベッドシーンを挿入する脚本のあり方とか、その際に女優の乳首は決して映さないとか、ギャグシーンにおけるお笑いのセンスとか、脂ぎった画面の質感とか、“バブル突入前の昭和”の空気がみなぎっている。
ソルティは、「なんて70年代の昭和なんだ!」と思いながら観ていた。
あたりまえと言えばあたりまえの話であるが、歴史ドラマや時代劇というものは、題材となった時代の風俗を描き出すと同時に、制作された時代の価値観や流行を反映する。
リアルタイムで(本作なら1979年に)映画を観ている人間は、そこになかなか気づかない。
なぜなら、自分が生きている時代を客観的に見るのは難しいからである。
79年に本作を映画館で観た人間は、「戦後の日本ってこんなだったんだ」、「昔の人はめんどくさい価値観に縛られていたんだなあ」と思いながら観る。
しかるに、令和の現在本作を観る者は、そこに2つの時代を重ねつつ見ることができる。
50年代と70年代と――。
そして、70年代の日本人もまた、「めんどくさい価値観に縛られていたんだなあ」と知る。
そして、70年代の日本人もまた、「めんどくさい価値観に縛られていたんだなあ」と知る。
昔の映画を観る面白さは、こんなところにもある。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損