2023年アメリカ・イギリス・ポーランド
105分
原題:The Zone of Interest

 『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(2014)、『記憶の棘』(2004)のジョナサン・グレイザー監督は、現在世界でもっとも挑発的で才能ある監督の一人であろう。
 10年に1本しか撮らない寡作作家であるのが残念至極だが、そのぶん、発表される作品はそのたび業界の話題となり、賛否両論を巻き起こし、観る者に衝撃を与える。
 本作も、カンヌグランプリと米国アカデミー賞の国際長編映画賞を受賞した。

 本作の主人公はルドルフ・ヘス。実在の人物である。
 と言っても、ヒトラーの個人秘書からナチスの副総統にまでのし上がったルドルフ・ヴァルター・リヒャルト・ヘス(1894-1987)ではなくて、アウシュビッツ強制収容所の所長をつとめたルドルフ・フェルディナント・ヘス(1901-1947)のほうである。
 1940年からアウシュビッツ所長を務めたヘスは、妻ヘートヴィッヒと5人の子供と共に収容所に隣接する広大な敷地に家を建てて暮らしていた。
 緑と季節の花あふれる美しい庭園、園芸好きの妻のために建てたガラス張りの広い温室、子供たちのための遊具やシャワー付きプール、使用人を何人も雇い、休日には近くの河原でピクニック。
 優しい夫、美しい妻、可愛い子供たち、良き仲間。
 言うことのない理想的な生活。
 絵に描いたような幸福な一家。

 しかし、壁一枚隔てた向こうは、ほんの数年間で100万人以上が虐殺されたアウシュビッツ収容所。
 各地から汽車に詰め込まれたユダヤ人が連れて来られては、衣服をはぎ取られ、髪の毛を切られ、用途によって分別される。
 焼き鏝で囚人番号を皮膚に標され、収監され、強制労働に従事させられる。
 拷問され、レイプされる。
 “生産性”がないとみなされた者はガス室に送られ、遺体は焼却される。
 ヘスの立派な屋敷内には、昼夜を問わず、ユダヤ人たちの悲鳴や助けを求める声が切れ切れに届く。
 塀の向こうには、汽車の煙がたなびくのが見え、焼却炉から上る黒煙が見える。
 妻のヘートヴィッヒは、ユダヤ人から取り上げた宝石や毛皮で身を飾る。

 壁一枚隔てた天国と地獄。
 天国に住まうものは、地獄のことなど気にもかけない。
 聞こえてくる悲鳴は、庭を飛ぶ蜂の羽音ほどの騒音にもなり得ない。
 煙突から立ち上る黒煙は、パン焼き窯の煙ほどの日常性をもって無視される。
 “関心領域”の外にあるがゆえに・・・。
 妻のヘートヴィッヒが願うことは、いつまでもこの理想の環境が維持されること、夫が休暇をもらって家族で温泉地に出かけること、戦争が終わったら農家に転身することである。
 
 本作を観る者が突きつけられるのは、観る者にとっての現在の“関心領域”と、その外で起こっていることへの意識のありようである。
 平和な国の立派な映画館の心地良いシートに身をまかせて、ポップコーンを頬張りながらスクリーンに向き合っている誰ひとりも、ヘス一家を責め立てることが容易にはできまい。

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華徳院(東京都杉並区)の本尊である閻魔大王
舌を抜くための巨大ペンチも完備



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損