2015年松竹
136分

半藤一利著『日本のいちばん長い日』の2度目の映画化。
1945年8月15日の玉音放送に至る、終戦間際の大日本帝国本営(内閣、陸海軍、天皇)の動向が描かれる。
実際の戦場を、あるいは8月15日を記憶しているスタッフと役者たちによって制作された岡本喜八版(1967年)と比べるのは酷という気がしないでもないが、映画としての出来は前作にまったく及ばず、いい役者を揃えているだけに残念であった。
しかし、塚本晋也監督『野火』(2015)が、市川崑監督『野火』(1959)に匹敵する、あるいは後者を凌駕する出来栄えであったことを思うと、作られた時代や作り手の体験の有無を言い訳にすることはできないと思う。
作り手の才能と技術不足に原因を帰するほかない。
なにより脚本が良くない。
『クライマーズ・ハイ』でも感じたが、原田監督は脚本には手を出さないほうがいいと思う。
物語を構成するセンスを欠いている。
題材の取捨選択ができず、エピソードを詰め込み過ぎる。
そのため、どのエピソードも中途半端な描かれ方に終わって、あたかも不発弾のよう。
例を上げると、宮城事件に呼応して首相官邸を焼き討ちした国民神風隊の佐々木武雄(旧作では天本英世の怪演がエモい!)の扱いである。
原田版では国民神風隊を結成する経緯がまったく描かれず、最後の最後に松山ケンイチ扮する佐々木が唐突に首相官邸前に出現する。
歴史を知らない者にしてみれば、「これは誰? どっから出て来たの? なんで官邸に火をつけるの????」であろう。
松山ケンイチだって、これでは演じようあるまい。
阿南陸軍大臣(役所広司)の戦死した次男をめぐるエピソードもとってつけたような描かれ方で、観る者に何ら感動をもたらさない。
上映時間との兼ね合いを見て、エピソードを絞る決断が必要である。
シーンの配置も良くない。
複数のエピソードが同時に進行しているとき、各シーンを交互に描くことは普通にあることだが、転換があまりに速すぎて、観る者が感情移入できるだけのゆとりがない。
阿南大臣の切腹シーンにおいてとりわけ顕著で、あたかもCMがしょっちゅう入るTVドラマのようにシーンが寸断されてしまい、せっかくの役所の渾身の演技が台無しになってしまった。
観る者のうちになんらかの感動を呼び起こしたいのなら、ある程度の時間の持続が必要である。
同じことはカット割りにも言える。
全般にカットが短い上に、撮影方向がめまぐるしく切り換わるので、観ていて疲れるし、キャラクターの表情がしっかりと観る者の記憶に刻み込まれない。
有名な役者以外は、誰が誰だか見分けつかないうちに映画が終わってしまう。
なんとなく、『犬神家の一族』など市川崑作品のカット割りを意識しているような気がするが、形だけまねても意味はない。
ひとつひとつのカットが、なぜこの方向から、この角度で、この距離で、この長さで、この動きでないといけないのか、考えて作っているのであろうか?
カットの連鎖こそ映画の命であるのに。
撮影(柴主高秀)や美術(原田哲男)がいいだけに、長回しを入れないのはもったいない。
原田監督、セッカチな人なのではなかろうか?
『クライマーズ・ハイ』を観た時も思ったが、とにかく事件の背景をあらかじめ知っている人でないと、ほとんど理解できない作りである。
悪いことは言わない。
少なくとも脚本は別の人にまかせたほうがいい。
役者では、昭和天皇に扮する本木雅弘、鈴木首相を演じる山崎努がいい。
以前の記事で、ジャニーズ出身の役者ベスト3として、草彅剛、岡田准一、二宮和也の名を挙げたが、モッくんこと本木がいるのを忘れていた。
本木はもはやジャニーズ出身というのを忘れるほど、役者として自立している。
それに樹木希林一派というイメージのほうが強い。
おすすめ度 :★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損