1956年アメリカ
100分

風と共に散る

 原題は Written on the Wind  
 50年代ハリウッドの香り漂う、上質のメロドラマである。

 とにかく主役のロック・ハドソンとローレン・バコールの美男美女ぶりにため息が漏れる。
 なんと似合いのカップルか! 
 この二人が芝居の上だけでなく実生活でも付き合って、結婚して、子供を作ったら、どんなに美しいスターチャイルドが生まれたことかと思うが、人の世は皮肉かつ喜劇である。
 ロック・ハドソンは1985年にエイズを発症した際、ゲイであることをカミングアウトし、全米に衝撃を与えた。
 彼こそは、アメリカンマッチョ社会の理想的ダチ、理想的カレシ、理想的父親を演じ続け、実像もそのようなものと世間に思われていたからだ。
 邦画界に置き換えて言えば、高倉健や渡哲也が「ゲイでオネエだった」というような感じだろうか。

 本作でのローレン・バコールやドロシー・マローンを始め、エリザベス・テーラー、ドリス・デイ、ジーナ・ロブリジーダ、クラウディア・カルディナーレなど世界に名だたる美人女優たちと共演を重ね、ラブシーンを演じたが、本人はまったく“その気”にならず、恋愛に発展する可能性もなかったのだから、世の(ヘテロの)男たちにしてみれば「もったいない」ことこの上ないし、世の(ヘテロの)女性たちにしてみれば「なんとなく騙された」気にもなろう。
 共演女優にしてみれば、これ以上ない安心できるパートナーだったわけだが。 

 ある意味、ロック・ハドソンは二重に演じていたのである。
 つまり、スクリーンで男らしく格好いいいキャラクターを演じると同時に、ファンを含む対マスコミ的にはノンケ(ヘテロ)の男を演じていた。(ただ、役者仲間の間では彼の同性愛は公然の秘密だったという) 

 そうした事実が明らかになった現在、ロック・ハドソンの芝居を見ると、いろいろなことが思い浮かぶ。
 昨今では日本でも、『おっさんずラブ』の林遣都や『エゴイスト』の鈴木亮平のように、ノンケの男優がゲイの役を演じることは珍しくなくなった。
 が、リアリティもって演じるのはなかなか難しいようである。
 吉田修一原作、李相日監督の『怒り』(2016年)では、ゲイのカップルを演じた妻夫木聡と綾野剛が、役作りのために撮影期間を通じて同棲したというエピソードもあるほどだ。
 男が男を愛する――自らの感性では容易には理解しがたい感情だろうし、ヘテロ社会にゲイというマイノリティとして生きる気持ちも想像しがたいだろうし、典型的なゲイ像というものがないので、どう演じたらいいのか悩むと思う。(「ゲイ=女装姿のオネエ」という典型的イメージは過去のものになりつつある)

 翻ってみれば、ロック・ハドソンにしろ、モンゴメリー・クリフトにしろ、アレック・ギネスにしろ、ジャン・マレーにしろ、ダーク・ボガードにしろ、ゲイでありながらノンケの男の役を当たり前に演じ、その演技を絶賛されてきた。
 それは、幸か不幸か、少年時代に自らが周囲の男子と違うことに気づき、それがばれないよう、周囲の男を観察し、模倣し、対人場面で「男」を演じ続けてきたことの長年の努力と経験の賜物だったろう。
 ノンケの俳優がたまたまゲイの役を与えられて、「それでは2丁目にでも行って勉強してみるか」と役作りに励むような“付け焼刃”ではないのである。
 言ってみれば、演じることが第二の天性になっているわけで、昔からゲイの役者に名優が多いのも当然と思う。

 本作の冒頭、ロック・ハドソン演じるミッチが、ローレン・バコール演じるルーシーに、仕事現場ではじめて出会うシーンがある。
 ミッチがドアを開けて部屋にはいると、ポスターを貼った衝立が視界を遮るように並んでいて、ルーシーの姿はすぐには見えない。
 見えるのは衝立の下の空きスペースからのぞくルーシーの両足である。
 カメラはローレン・バコールの素晴らしく美しい足をここぞとばかり映し出す。
 演出の狙いは明らかで、ミッチがルーシーの足に強烈なセックスアピールを感じ、恋愛の始まりを予感するところにある。
 映画を観る者もまた、監督の狙いどおりに二人の恋愛の始まりを予感する。 
 しかるに、実際には、ゲイのロック・ハドソンはバコールの足を見てもなんら性欲をそそられることなく、普通に「足」としか思わなかったろう。せいぜいが、「素敵なハイヒールだなあ」くらいにしか思わなかったろう。
 もちろん、ロック・ハドソンは演出をちゃんと理解し、「おっ、なんていい足なんだ。そそられるぜ!」という表情をしてみせる。
 そうした演出と実際のギャップを思うと、興味深い。

 共演のロバート・スタックのコンプレックスに苛まれた若社長の演技、ドロシー・マローンの我がままで放埓な社長令嬢の演技も見物である。
 ダグラス・サークの演出は粋で、テンポがよく、小気味いい。




おすすめ度 :★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
★     読み損、観て損、聴き損