2019年
127分

記憶にございません
 
 三谷幸喜が天才であることは、最初期の仕事である『やっぱり猫が好き』(フジテレビ、1988-1990)をリアルタイムで観ていて察知した。
 「ああ、日本にこれまでにないタイプのコメディ作家が出てきた」と思った。
 落語風でもドリフ風でも吉本新喜劇風でもない、どちらかと言えば『奥さまは魔女』に近い欧米風にソフィストケートされたお笑いである。

 その後約20年、ソルティは“テレビ&映画離れ”してしまったので、三谷の名を一躍高めた田村正和主演『古畑任三郎』シリーズも、NHK大河ドラマ『新選組!』や『真田丸』も、大ヒットした映画『THE 有頂天ホテル』(2006)や『ザ・マジックアワー』(2008)も観なかった。
 このブログを書くようになってやっと、フジテレビ制作のドラマ『オリエント急行殺人事件』や映画『12人の優しい日本人』(中原俊監督)をDVDレンタルし、また、2022年NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をリアルタイムで観て、三谷の昔と変わらぬコメディセンスの冴えと役者使いの上手さを確認した。
 これからおいおい過去作をさらっていきたい。

 本作もまた役者使いの上手さが際立つ。
 主演の総理大臣役の中井貴一を取り囲む、秘書役のディーン・フジオカと小池栄子、妻役の石田ゆり子、官邸料理人の斉藤由貴、刑事転じてSP役の田中圭、黒幕官房長官役の草刈正雄、すさんだフリーライター役の佐藤浩市、けばいニュースキャスター役の有働由美子など、それぞれのタレントの新たな魅力を引き出し、見せ所をきちんと作ってあげるあたりが、役者たちが発奮し、三谷の次作にも出たいと思う理由であろう。
 自然と常連化し、チームワークも良くなる。
 撮影現場の雰囲気の良さは画面やスクリーンを通して視聴者に伝わるので、とくにコメディドラマではチームワークは重要である。
 小池栄子と斉藤由貴と有働由美子のコメディエンヌの才には瞠目させられた。

 野党からの追及に対し「記憶にございません!」を連発する悪徳総理大臣が、演説中に頭に石をぶつけられて記憶喪失になるというアイデア、それがきっかけとなって誠実な男に生まれ変わるというプロットも面白い。
 ほどほどに日本の政治や政治家に対する風刺も効いているし、なにより漫画的なご都合主義がかえって楽しい。
 政治ドラマをリアリティもって扱うと、どうしても話が暗く毒々しくなるので、このくらいの「ありえねえ~」塩梅がコメディにはちょうどいい。
 ポテチでもつまみながら気楽な気持ちで観て笑える作品である。 

 しかるに、「ありえねえ~」のおふざけ演出が、公開数年後、シリアスになってしまった。
 2022年7月12日の安倍元首相暗殺事件、2023年4月15日岸田首相襲撃事件である。
 両事件の犯人がこの映画を見て犯行を思いついたとはよもや思わないが、2022年7月以降の公開だったら、この映画はお蔵入りになっていたかもしれない。

 この映画のように、あのとき安倍さんに当たったのが小石で、それをきっかけに安部さんが誠実な政治家に生まれ変わっていたのであれば良かったのに・・・。

 

 
おすすめ度 :★★

★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損