2024年春秋社
お坊さんがアフリカに仏教を広める話?
インドで仏教を広めている佐々井秀嶺師みたいな、型破り坊主の一代記?
興味を惹かれて購入した。
読んでみたら、タイトルは偽りとは言えないまでも、かなり内容とずれていた。
が、「騙された!」と騒ぎ立てるのも拙速。
背表紙や表紙には、副題として小さな文字でこう書かれていた。
「そして、まともな職歴もない高卒ほぼ無職の僕が一流商社の支社長代行として危険な軍事独裁政権末期のナイジェリアに赴任した2年間の話」
仏教の話ではなく、ナイジェリア駐在記だったのである。
多少の肩透かしは喰らったものの、不満や怒りは湧かなかった。
というのも、とても面白かったのだ。
1967年生まれの著者が、1998年春から2000年夏までの間にナイジェリアで経験した、奇想天外な出来事がユーモラスに語られていて、世界の広さや文化の多様さ、人間という種の奇天烈さに感嘆するばかりであった。
ソルティはアフリカに行ったことはなく、ナイジェリアについて何も知らなかった。
2000年代にNGOの仕事でJICA(青年海外協力隊)の研修事業に関わったことがあり、エイズ対策でアフリカに派遣される多くの若者たちと出会った。
が、彼らの派遣先にナイジェリアはなかった。
海千山千の商社の男たちでさえ、社命であろうと行くのを拒むような危険地帯だったのである。
まともな職歴もない著者の石川が“幸運にも”選ばれたのは、ほかに手を挙げる人がいなかったからなのだ。
実際、ここに描かれているナイジェリアの様相は、現代日本とはまったく別世界。
良識どころか常識も通じない無軌道、無茶苦茶ぶりである。
治安については地獄そのもの。
主要道路の中央分離帯やバーが立ち並ぶ海岸べりに、ふつうに死体が転がっていて、だれもそれにかまわないという、戦時下か平安時代の鴨川岸のような日常風景。
商社が用意してくれた豪華な、しかし厳重警備の屋敷を一歩出れば、猛禽どもが牙をむき舌なめずりをする弱肉強食のジャングルである。
そこで2年間も生き延びた著者のメンタルや体力の強靭さには感心しかない。(現在は荻窪でアフリカン・バー「トライブス」を経営しているらしい)
やっぱり、若いって怖いもの知らずだよなあ。
エネルギーが有り余っているからこそ、未知なるものに挑戦できるんだよなあ。
――と、還暦を過ぎた自分の保守化や引きこもり傾向を顧みたのであるが、それは言い訳に過ぎないことを本書は教えてくれもした。
それがタイトルの筋肉坊主である。
石川は、この坊さんとの出会いがきっかけとなってナイジェリアに行くことになったのである。
本文中に名前は記されていないが、日蓮宗系のお坊さんで、2000年時点で73歳。
保険会社で働いていたある夜、枕元にお釈迦様が立ったのをきっかけに出家。
葉山御用邸の近くのお寺の住職となった。
来日中のナイジェリア大統領オバサンジョと縁ができて、イスラム教徒とキリスト教徒の反目激しくクーデターを繰り返すナイジェリアの状況を知り、平和をもたらすべく仏教を広める決心をし、単身ナイジェリアに飛んだ。
このお坊さんが普通でないのは筋肉だけでなく、実は度胸や体力も並大抵ではない。この、強盗多発内戦頻発熱帯病勢揃いのナイジェリアを、野宿とお布施だけで、一銭も使わず行脚する。これができるのは、世界中でこの人だけだろう。宿は使わず、食事は頂きものだけ! テントや寝袋も使わない。一銭も使わず(持たず)数か月に亘って国中を歩き回る。俗人的持ち物はお太鼓とバチ。着替えも少しだけ。財布もなし。ただ仏教心と強靭な肉体。この人、実はX-MENかもしれない。
こんな男が、こんな日本人がいるとは驚きである。(今は帰国して宮城県あたりにいるらしい。生きていれば90代である!)
本書の最初と最後に、このお坊さんは唐突に登場する。
どちらの登場エピソードも場面的には短い(文量的には少ない)ものであるにかかわらず、印象は強烈であり、石川同様、読む者をノックアウトする過激さにあふれている。
ナイジェリア元大統領を文字通り締め上げるお坊さんのキャラの濃さは、まさにナイジェリアの奇天烈さと拮抗している。
それゆえ、読み終えたときには、本書のメインタイトルが『筋肉坊主の~』であることにまったく違和感なくなっている。
まことに世界は広い。
人間はたくましい。
信仰は強い。
おすすめ度 :★★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損