2024年花鳥社

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 素晴らしい本が出た。
 図書館の新刊コーナーで見つけて即借りたのだが、読んでいるうち、どうしても手元に欲しくなって、amazon 注文してしまった。
 『図鑑 モノから読み解く王朝絵巻』シリーズ全3巻。
 第一巻『源氏物語絵巻の世界』
 第二巻『寝殿造りの仕組みと宮中行事』
 第三巻『平安時代の信仰と暮らし』

 最大の特長は、絵巻原典を忠実に再現した線描画を掲載し、そこに描かれている人物・事物すべての名前が記されているところにある。

 人の作った物には名前がついている。
 たとえば、自動車ならそのすべての部品に名前がついている。
 車を運転する人にとっては、ハンドルだのブレーキだのサイドミラーだのいくつかのパーツの名前さえ知っていれば事足りるけれど、車を製造する側にとってはそうはいかない。名前がついていない部品を発注することはできない。
 同じように、王朝絵巻に描かれている事物のひとつひとつにも名前がある。
 屏風ひとつとっても複数の部品からできているわけで、そのそれぞれに、屏風を使用する貴族たちは知らなくとも作り手の職人なら知らないではすまされない名称と機能がある。
 我々後世の絵巻の鑑賞者も、必ずしも屏風の部品ひとつひとつの名前を知る必要はない。
 けれど、ひとつひとつの部品の名前を知り、そこに着目することで、絵巻を描いた絵師の意図や技巧を推察することや、王朝時代の文化や生活をより深く知ることができる。

 ソルティは昔から『源氏物語絵巻』が好きで、平凡社1973年発行の『別冊太陽 源氏物語絵巻五十四帖』を時々開いて、漠然と眺めては、王朝貴族の豪奢で雅やかな生活に憧れに近いものを感じていた。それが英国貴族を描いたBBC制作の人気ドラマ『ダウントン・アビー』推しにつながるロスト・セレブ・コンプレックス(上流階級懐古趣味)の始まりである。
 今回、モノの名前を通して細部に着目することにより、絵巻がより時代のリアリティをもって迫ってくる、描かれているドラマがより臨場感をもって立ち上がって来る、その絵巻の中に入り込むような錯覚すら覚えた。
 さらに、画面の構図に込められた意味や意義、人物の服装や座る位置から伺い知ることができる人物の関係性なども解説されてあり、古い絵巻を見ることの面白さに目が開かれる思いがした。
 もちろん、絵の説明となる「詞書(ことばがき)」の現代語訳も添えられている。

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 さすがに、絵巻そのものを『別冊太陽』のようにカラー印刷で楽しむことはできない。
 ソルティは、図書館で別に、『よみがえる源氏物語絵巻 全巻復元に挑む』(NHK出版、2006年発行)を借りて傍らに置き、色のついた二つの絵巻(原典国宝版と平成復元版)と本書の線描画による絵巻を見比べながら、『源氏物語』の世界にトリップしている。

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この本も「源氏」好きなら必携
復元された絵巻の美しさよ!

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ソルティの一番好きな宇治十帖「橋姫」のシーン
(上記の書籍に掲載の平成復元版)

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人物と事物の名前が記された本書の「橋姫」

 NHK大河ドラマ『光る君へ』が話題のいま、紫式部と『源氏物語』はじめ王朝時代関係の本が続々と刊行されている。
 その中で、本シリーズは間違いなく最大の良作かつ労作にして、出版界本年最高の収穫の一つである。





おすすめ度 :★★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損