1959年原著刊行
1976年早川書房
アメリカのペーパーバックを模した新書サイズのハヤカワ・ポケット・ミステリーの一冊。
このシリーズは上下2段組みで文字がとても小さいので、昔からあまり好きでなかった。還暦過ぎた今となってはまさにしんどいかぎり。
ほんとは幾分かは文字の大きい早川ミステリー文庫で読みたかったのだが、どの書店でも図書館でも見つからなかった。
致し方なく、脳が疲れるから仕事以外はあまり使いたくない遠近両用メガネをかけて、通読した。
カーの歴史ミステリーの傑作と名高い作品なので、ジョセフィン・テイの『時の娘』のようなものかと思い、期待大で臨んだ。
結論から言えば、ミステリーというより冒険活劇である。
結論から言えば、ミステリーというより冒険活劇である。
たしかに毒殺事件の犯人探しの要素はあるけれど、メインとなるのは、17世紀英国にタイムスリップし26歳の準男爵として生まれ変わった、20世紀の52歳の歴史学教授の冒険&ロマンス譚である。
チャールズ2世やシャフツベリー卿といった実在の人物が登場したり、華々しいチャンバラが随所で展開されたり、主人公がロンドン塔に幽閉されたり、複数の美女とのアヴァンチュールがあったり、『三銃士』や『紅はこべ』の世界に近い。
これは本格ミステリーの範疇には入らないだろう。
本作を一番楽しめるのは、「もう一度若返って、裕福な身分となって、冒険的な生き方をしたい。周囲から恐れ敬われる強い男になって、美しい女にもてたい。ただし、意識(記憶)だけは今の状態を保ったまま」と、ひそかに願っている最近お疲れ気味の中高年男性であろう。
執筆時、主人公と同じ52歳だったカーの願望をそのまま描いた小説だったのかもしれない。
「ビロードの悪魔」とは、命知らずの剣の使い手である主人公に世間が奉った通り名である。
甲斐の虎=武田信玄、独眼竜=伊達政宗、第六天魔王=織田信長、美濃の蝮=斎藤道三、三国一の美丈夫=上杉景虎、なんてのと同じである。(戦闘アニメの例を出すまでもなく、こういった通り名をつけるのが男はまったく好きである)
ヨーロッパ時代物の冒険活劇が好きな人、とりわけ英国史が好きな人には、たまらない面白さだと思う。
ミステリー部分については、「おそらく真犯人はこいつだろうなあ」と最初から目星をつけていた人物が、そのとおり真犯人だった。
本格ミステリーファンなら10人中8人が当てられるだろう。そこに意外性はない。
犯人隠蔽トリックをフェアと感じるかどうかは読み手次第であるが、そもそもが冒頭から悪魔が出てきて主人公と契約を交わし、死後の魂と引き換えに250年前にタイムスリップするというミッキー・ローク主演『エンジェル・ハート』のような荒唐無稽な筋書きに、フェアとかアンフェアとか真面目に議論するのも阿保らしい気がする。
時代考証の凄さには歴史オタクだったカーの面目躍如がある。
カー最高の力作であるのは間違いない。
ああ、26歳の視力に戻りたい。
おすすめ度 :★★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損