2024EGKフライヤー

日時: 2024年11月10日(日)14:00~
会場: 北とぴあ さくらホール
曲目:
  • ブラームス: 弦楽六重奏曲第2番 ト長調 作品36
  • コントラバス・アンサンブル「コンバース」: 爆風スランプ『Runner』、井上陽水『少年時代』、YOASOBI『舞台に立って』、ベートーヴェン『運命~ボサノバ風』
  • ベートーヴェン: 交響曲第5番 ハ短調 作品67「運命」
指揮: 平尾 純

 このオケを聴くのははじめて。
 EGK(Ensemble Grosen Kunstlers)とは、「偉大な芸術家たちのアンサンブル(合奏会)」といった意。
 過去の演奏会の記録を見ても、このオケの演奏会のプログラム構成は、
  1. 古典派~ロマン派の弦楽重奏曲(室内楽)
  2. 4名のコントラバス奏者による現代ポピュラーソング数曲
  3. 古典派~ロマン派の交響曲
 となっている。
 一回のコンサートで軽重、硬軟、明暗、新旧取り合わせた、さまざまな響き、さまざまな味わいが楽しめるのは、オトク感がある。
 よく知られているポピュラーソング――クラシック調にアレンジされている――を間にはさむことで、ふだんクラシックに縁遠い層の関心を引きつけ、会場に足を運ばせ、クラシックの魅力に目覚めさせ、クラシックファンを増やすことも期待できる。
 とてもよい試みだと思う。
 しかも入場無料!
 会場には、家族連れや子供連れの姿が多く見られ、固定ファンがついていることが察しられた。
 指揮者にしてコントラバス奏者の平尾純は、ふだんはサラリーマンをしているとか・・・。
 コンバースのリーダーでもあり編曲もこなしているようだ。
 うらやましくも素晴らしい才能。
 それにしても、コントラバス奏者って個性的な人が多くない?

コントラバスを引く狸

 ブラームスもコンバースも良かったけれど、やっぱり圧巻はべートーヴェン『運命』。
 この曲が人類史上最高の名曲であることを、それも、何度聴いても感動せざるをえない奇跡のような曲であることを、実感させてくれる演奏であった。
 完全無欠とはこの曲のためにあるような言葉だ。
 第1楽章から第4楽章まで、それぞれが違った色合いを持ちながらも、全体でひとつの流れとして感じられる統一感――形式的というより気分的統一感――が飛び抜けている。
 いつもはマーラーの散文性に惹かれがちなソルティであるが、ベートーヴェンあってのマーラー、古典派あってのロマン派、形式あっての自由、ということをつくづく思った。

 ときに、看護理論においてフィンクの危機モデルというのがある。
 たとえば、交通事故に遭って体に一生残る障害が生じた、というようなショッキングな出来事があったとき、患者がいかにそれを受容し適応していくか、ということをモデル化したものだ。(詳しいことは知らないが、エリザベス・キューブラ=ロスの説いた「死の受容」のプロセスを下敷きにしているのではないかと思われる)
    1. 衝撃の段階 
      迫ってくる危険や脅威を察知し、自己保存への脅威を感じる段階。現実には対処できないほど急激で、結果的に生じる強烈なパニックや無力状態を示し、思考が混乱して判断や理解ができなくなる。
    2. 防御的退行の段階
      危機の意味するものに伴って自らを守る時期。危険や脅威を感じる状況に、現実に直面するには圧倒的な状況のために、無関心や非現実的な多幸症を抱く。これは、変化に対しての抵抗であり、現実を逃避し、否認し、希望的思いのような防御機制をつかって自己の存在を維持しようとする。そうすることで、不安は軽減し、急性身体症状も回復する。
    3. 承認の段階
      承認の段階は、危機の現実に直面する時期。現実に直面して省察することで、もはや変化に抵抗できないことを知り、自己イメージの喪失を理解する。あらためて、深い悲しみや苦しみ、強度の不安を示し、再び混乱を体験する。しかし、徐々に新しい現実を判断し、自己を再認識していく。
    4. 適応の段階
      期待できる方法で積極的に状況に対処する時期。適応は、危機の望ましい結果であり、新しい自己イメージや価値観を築いていく段階である。現在の自分の能力や資源で満足をする経験が増えて、しだいに不安が軽減する。
(城ヶ端初子著『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』サイオ出版より抜粋)

 見事に、第5番『運命』の第1楽章から第4楽章までの流れに添っている。
 第1楽章の「ジャジャジャ、ジャーン!」の衝撃、第2楽章の平和な子供時代に逃避するような現実否認、第3楽章の現実回帰と混乱と諦念、そして第4楽章の受容。
 しかも、ベ-トーヴェンは単なる「受容」にとどまらず、その先にある「神=運命」への讃歌と自己投棄すら表現している!

 もちろんベートーヴェンは、フィンクやキューブラ=ロスはもとより、フロイトやユングといった名だたる精神分析家が登場するはるか以前に生きた人で、心理学や精神分析の概念すら持ちえなかった。
 直感で真理に到達し、万言を費やすことなく、音楽で表現してしまう。
 天才たるゆえんである。

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王子駅と北とぴあ