1943年原著刊行
1978年ハヤカワ・ミステリー文庫(中村保男・訳)
クリスティ、クイーン、カーといった本格推理小説の黄金時代(1920~30年代)を築いた作家たちと何かと比肩されることの多いブランド女史。
たしかに、『はなれわざ』はクリスティの『ナイル殺人事件』や『白昼の悪魔』を想起させるゴージャスな舞台設定とアクロバティックなトリックに魅了されたし、『ジェゼベルの死』の悪魔的トリックには、チェスタトン『翼ある剣』やカー『妖魔の森の家』を読んだ時と同じレベルの戦慄が走った。
また、短編集『招かれざる客たちのビュッフェ』の上質な味わいにも耽溺した。
海外本格ミステリーの歴史を語る上で無視することのできない作家である。
彼女の最高傑作とされているのが『緑は危険(GREEN FOR DANGER)』。
実はソルティにとって、ちょっとした因縁のある本である。
20才のときに購入して旅のお供に持って行ったところ、数ページも読まないうちに列車の中に置き忘れてしまった。「アメちゃん」をきっかけに話しかけてきた隣席の大阪のオバチャンのせいである。
40才のときに出張先の書店で買って、ホテルの浴室で読んでいたら、最初の殺人事件が起こる前に泡風呂の中に落としてしまった。ドライヤーで乾かしたら紙がゴワゴワになって、とても読めたものじゃない。ホテルのごみ箱に投じてしまった。
ケチがついた気がして、それ以来、読む気にならなかった。
60代に突入した今、ついに何者にも邪魔されず読むことができた!
が、なんとも拍子抜けしたことに、あまり面白くなかった
なぜこれがブランドの“最高傑作”と評されるのか理解に苦しむ。
子供だましのようなペンキトリックには呆れるほかなかったし、それを見抜けぬコックリル警部は名探偵と言うにはほど遠いし、全般に話の運びが雑で、殺人事件をめぐる状況(場所や時間や人物のアリバイ設定)が分かりにくく、ご都合主義の展開が目立つ。
さすがに苦労人のブランドだけあって、人物描写には先輩のクリスティやクイーンやカーをしのぐ観察の鋭さやリアリズムが感じられる。
男女関係の描写も、先輩作家たちの上品さにくらべると、かなり辛辣でえぐい。
その点は他の作家に替え難いブランドの魅力と言える。(ブランド自身が恋愛で苦渋をのんだのかもしれない)
かくして、約40年待った出会いは期待外れに終わってしまったのだが、ふと思ったのは、もし40年前あるいは20年前に本を失うことなく完読していたら、別の感想を持ったかもしれない。
さすがブランド! 最高傑作と言われるだけある!――と思ったかもしれない。
というのも、60代の今、物語に入り込むまでに苦労を要したからだ。
本作には7人の主要登場人物(=容疑者)がいる。
この7人の名前とプロフィールを頭に入れるのが容易でなかった。
この7人の名前とプロフィールを頭に入れるのが容易でなかった。
もちろん、全員イギリス人なので英語名である。カタカナ表記だ。
そして、たとえばその中の一人フレデリカ・リンリーならば、ある時はフレデリカと表記され、別のところではミス・リンリーと呼ばれ、仲間内の会話ではフレディーと愛称で呼ばれる。
それが同一人物であると認識するために、何度も冒頭の登場人物リストに戻らなければならなかった。
その手間が7人分ある。
しかも、7人の関係は複雑で、誰と誰が付き合っていて、誰が誰にお熱で、誰が誰を嫉妬しているか、人物関係図でも作らないことにはなかなか理解できない。
登場人物を整理するのに手間取って、肝心の内容に身が入らない。
「筋が分かりにくい、ご都合主義」と思ったのも、ひょっとしたら、ソルティの記憶力の衰えのせいで、読むそばから前に読んだ部分を忘れてしまっているからなのかもしれない。
つまり、若い頃に比べて、海外小説を読むのが圧倒的に不得手になったのである。
そうでなくとも、老眼は小さな活字を嫌うのに・・・。
ブランドが「ミステリーの女王」クリスティにかなわないのは、クリスティ作品のもつ簡潔さ、平明さ、読みやすさに欠けるからだ。
そうでなくとも、老眼は小さな活字を嫌うのに・・・。
ブランドが「ミステリーの女王」クリスティにかなわないのは、クリスティ作品のもつ簡潔さ、平明さ、読みやすさに欠けるからだ。
最近、『カラマーゾフの兄弟』を読んだ40代後半の友人が、「ロシア人の名前が頭に入って来なくて難儀した」とこぼしていた。
さもありなん。
ソルティは、ソルジェニーツィンの『収容所群島』を老後に読もうと思っていたのだが、もう手遅れかもしれない。
おすすめ度 :★★
★★★★★ もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★ 面白い! お見事! 一食抜いても
★★★ 読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★ いい退屈しのぎになった
★ 読み損、観て損、聴き損
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