2021年イギリス・エストニア合作
107分、英語

firebird

 70年代のソ連を舞台とするBL映画。
 軍隊の中で芽生えた上官と部下の恋(2人ともイケメン)、秘められた情事、露見のスリル、美しい映像、悲しい結末・・・・。
 “萌える”要素たっぷりで、腐女子沸騰の『モーリス』や『ブロークバック・マウンテン』や『君の名前で僕を呼んで』を想起する。

 が、これはフィクションではない。
 セルゲイ・フェティソフ(1952-2017)という役者の残した回顧録『ロマンについての物語』をもとにした実話である。
 はたから見れば、“萌える”エンターテインメントであっても、当事者にしてみれば生死に関わる問題。
 ソ連では同性愛行為は犯罪とされ、最大7年の禁固刑が科されていた(刑法121 条)。

 モスクワで役者になることを夢見る若き二等兵セルゲイ(トム・プライヤー)は、間もなく兵役を終えようとしていた。
 仲の良い同僚のルイーザ(ダイアナ・ポザルスカヤ)から思いを寄せられるも、セルゲイには受け入れられない理由があった。同性愛者だったのである。
 ある日、パイロット将校のロマン(オレグ・ザゴロドニー)が同じ基地に配属されてくる。セルゲイはロマンの世話係を命じられた。
 気の合った二人は互いを意識し合うようになり、ほどなく友情は愛に変わった。
 密会を重ねる二人。
 セルゲイとロマンの関係を怪しむクズネツォフ大佐は、二人の身辺調査を始める。
 危険を感じたロマンは、セルゲイとの関係を断つ決心をし、セルゲイに別れを告げた。
 傷心のセルゲイは、モスクワで役者の修行を始める。
 しばらくして、モスクワにルイーザがやって来た。ロマンとの結婚をセルゲイに伝えるために・・・・。

 禁断の愛に悩み苦しむ二人の男の関係を描いて、社会の不寛容を打つ部分では、『モーリス』や『ブロークバック・マウンテン』はじめ多くのBL映画と変わりない。
 映像、脚本、演出、芝居、どれも素晴らしく、BL映画の新たなる傑作誕生というにふさわしい。 
 本作のユニークさは、二人の男の間にルイーザという女性を配したところにある。
 いまルイーザの視点から物語を見ると・・・・。

 美人で男たちの人気の的であるルイーザは、同僚のセルゲイが好きだったが、その思いはなぜか届かない。
 仕方なく、ほかの男に目を向けたところ、ロマンという理想の男が現れた。
 兵役を終えたセルゲイはモスクワに去ってしまった。
 ロマンからの求婚をルイーザは喜び、二人は軍に祝福されて結婚する。
 男児に恵まれ、何不自由なく暮らしていたところに、青天の霹靂。
 思いがけない事実を知らされる。
 モスクワに単身赴任していた夫ロマンは、セルゲイと寄りを戻し、隠れて付き合っていたのである。
 そのうえ、ロマンは紛争地アフガニスタンに飛ばされ、そこで戦死してしまう。

 なぜかゲイの男ばかり好きになってしまうルイーザのヤオイ体質も不憫(?)ではあるが、なにより偽装結婚のおとりに使われていたことがむごい。
 もっとも、ロマンがバイセクシュアルであった可能性は否めないし、「そこに愛がなかった」とは一概には言えない。
 だけど、ルイーザが、最初からロマンの性的指向(セクシュアリティ)を伝えられて、それを受け入れて結婚したのでない限り、「自分は騙されていた」という気持ちになるのは無理もなかろう。
 夫が不倫していたというショックに加え、その相手が男性でかつ過去に自分をふった相手だったというショック、さらには息子一人残して夫が亡くなるというショック。
 「わたしの人生はなんだったの!?」
 ロマンと結婚していなければ、このような事態には陥らなかった。
 ルイーザは、二人の男の“歪んだ”愛の犠牲となったのである。
 同性愛を抑圧する社会は、当事者以外をも不幸にする。

サギソウ

 1993年、ソ連崩壊後、刑法121条は無効になった。
 独立国となったエストニアでは、2023年3月国会で同性婚法案が議決され、2024年1月施行されるに至った。旧ソ連圏では初、世界では35か国目の同性婚承認国である。
 エストニア出身のペーテル・レバネ監督は、同性婚を国に認めさせるための様々なロビー活動を行ってきた人で、2021年公開のこの映画のヒットも大きな推進力となった。
 一方、プーチン大統領下のロシアでは、2013年に同性愛宣伝禁止法が全会一致で(!)制定され、書籍や映画、オンラインなどで同性愛を流布することが違法とされた。いわば、「カミングアウト禁止法」である。
 ウクライナ侵攻以降、性的少数者への弾圧が高まっているのは言うまでもない。

 ラストクレジットで、「セルゲイに捧ぐ」の文字とともに若き日のセルゲイ・フェティソフの写真が映し出される。  
 死後4年しての顔出しカミングアウト。 

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イケメンなんだよな~、これがまた!
 



おすすめ度 :★★★★

★★★★★
 もう最高! 読まなきゃ損、観なきゃ損、聴かなきゃ損
★★★★  面白い! お見事! 一食抜いても
★★★   読んでよかった、観てよかった、聴いてよかった
★★    いい退屈しのぎになった
     読み損、観て損、聴き損